第125話 激突
「この部屋、他に入口はないですか?」
「いや、ないけど?」
「窓はどうです?」
「分厚い玻璃煉瓦に鉄の飾りフェンスがあしらわれたはめ殺しの窓だから出入りはできない……サイ、それがどうしたの?」
そう訊ねるスリアンの表情はますます心配そうだ。
「イヤな予感がします。ちょっとだけ待ってもらえますか」
サイは壁に両手をピタリとつけ、自分の身体を隙間なく部屋に向けて覆っている電場を少しずつ拡大していく。
中に人がいることはすぐにわかった。弱々しく呼吸をしている気配は伝わってくるものの、身動きはしていないようだ。
「中に人が。生きてますが動いていません。寝ているのか、拘束されているのか」
「人数は?」
スリアンは眉をしかめると気がかりそうに聞いてきた。
「姉様は眠りが浅いんだ。これだけ外で大騒ぎしていて起きていない訳がない。動けないんだよ!」
「……人数は、一、いえ、二でしょうか。あと、扉の裏に妙な魔力の凝りが感じ取れます。たぶん扉を開くと作動する設置型の魔方陣ですね」
「え!!」
スリアンは扉につけていた手を慌てて引っ込め、気味悪そうに両手のひらを口でフーフー吹いた。
「多分トラップだと思います。扉を開けるとドカンとか……」
「うそ!? じゃあ、あのまま開けてたら」
青ざめて後ずさるスリアン。
その時、二つ離れた部屋の扉がゆっくりと開いた。新手の敵かと慌てて振り返り身構えた三人の前に、周りを巨漢の兵士や魔道士に囲まれ、手足が細く下腹のぽっこり膨れたガマガエルのような男が姿を現した。
「チッ 見抜きやがったか。そのまま部屋ごと吹っ飛べば良かったものを」
男は忌々しそうに舌打ちをすると、くわえていた串焼き肉の串をぷいと吐き捨て、サイの顔を見て目を見張った。
「ああ? 貴様! ゼンプ・ランスウッドか!?」
見覚えのあるガマガエル面だと思っていたら、よりにもよって……とサイはため息をつく。
「こ、校長?」
「最初からうさんくさいとは思っていたが、やはりタースベレデのスパイだったか。汚いネズミめ。貴様のせいで……」
小声で「誰だ?」と訊ねるスリアンにセラヤが同じく小声で答えている。そのやりとりを背中に聞きながら、サイは反射的に右手に多重魔方陣を現出させた。
「貴様のせいで俺は
「校長、お前、魔道士だったのか……」
「当たり前だバカ。魔道士学校の校長がズブの素人で務まるわけないだろうが。でも、ま、王宮に入り込めたのは幸運だったな。さすがにうまいモノが揃ってるし、噂の王女様もしっかり堪能させてもらったしな。ヒヒヒッ」
そう言って出っ張った下腹をポンと叩くとベルトをつかんで引き上げ、にちゃりと黄色い乱ぐい歯を覗かせた。
「貴様っ!! 姉様に何をしたっ!!」
いきり立つスリアンに向け、校長は猿のように歯をむき出して挑発するように笑う。
「ほう、弟がいたのか。残念だったな、お前の姉は壊れちまったよ。もう人としても女としても役には立たないだろうな」
「き、貴様ーっ!!」
止める間もなく抜剣したスリアンがガマガエル校長に迫る。だが、壁のように立ち塞がった巨漢兵士が彼の剣をを防具を付けたひじで受け、はね返されてたたらを踏んだところをもう一人が人間とはとても思えない怪力で蹴り飛ばした。
「スリアン!!」
サイはとっさにはね飛ばされたスリアンを受け止め、そのまま多重魔方陣を校長に向けた。
だが、ガマガエル校長が何ごとかつぶやくと、同時に魔方陣は不安定に明滅してそのまま消えた。
「えっ!?」
驚愕するサイを見て校長は口をゆがめて笑う。次の瞬間、サイは頭に杭を打ち込まれたような衝撃を受けて思わず崩れ落ちた。
「バカめ。俺が敵地に乗り込むのに何の手立ても用意しないわけないだろうが!」
後方に控えていたもう一人の女魔道士が崩れ落ちたサイにロッドを向け、サイの全身を高熱で焼きはじめる。
「俺の魔法は一般人に対しては役立たずだがな、魔道士が相手だと実によく効く。魔法反転呪文だ」
「なん……」
「相手の魔法を無効化し、込められた魔力をそのまま術者に撃ち返す。お前の魔法が強ければ強いほど、還るダメージは大きい。どうだ? 自分の術式をその身に食らった気分は?」
「……だと」
「あ? 大したもんだな、まだ動けるのか? もっと気合い入れて焼かんかっ!!」
「ああっ、がああっ!」
全身をオーブンに放り込まれたような高熱に襲われ、言葉にならない言葉を発して床をのたうち回りながら、サイは懐の鉄魚を意思の力だけで浮かせ、女魔道士のみぞおちに全力で叩き込んだ。
「ぐっ!!」
女魔道士はくぐもった悲鳴を上げ、身体をくの字に曲げてその場に卒倒する。
突然のことに一瞬あっけにとられたガマガエル校長。その隙を突き、背後からサイを飛び越えるようにスリアンが飛び出すと大上段から袈裟切りにする。
一方、側面から回り込んだセラヤは巨漢兵の後頭部めがけて戦杖をフルスイングした。
スリアンは踏み込んだそのままの勢いで背後の兵士に肉薄すると振り上げた剣先で左胸を刺突し、セラヤは巨漢兵士を殴った反動で天井近くまで飛び上がると天井を蹴り、とっさに彼女を目で追った兵士の喉仏めがけ、まるで猛禽が獲物を捕らえるように一直線に戦杖を突き出した。
一瞬の攻防。
すべてが終わった時、その場には上下に二分されたガマガエル校長と頭部を潰された二名の兵士が転がっていた。
スリアンは、ガマガエル校長の返り血を浴びてヒーヒー悲鳴を上げながら廊下の隅に這いずって逃げようとする女魔道士を蹴り飛ばし、剣先を喉元に突きつけて厳しい口調で尋問を始める。
サイはセラヤにありったけのポーションを頭から浴びせられたが、重度の日焼けのように真っ赤になった肌はあちこちに水ぶくれを生じ、風が吹くだけでもズキズキと痛んだ。
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