第124話 解錠

 そのまま、肩を落とし声静かに涙をこぼしていたスリアンは、やがて袖で乱暴に頬をぬぐい、ゆっくりと立ち上がった。


「……もう大丈夫。心配をかけた」

「いえ、気にしないで下さい」

「念のため、もう一カ所確かめたい場所がある。サイ、セラヤ、付き合ってくれるかい?」


 二人にスリアンの望みを断る選択肢などない。無言で大きく頷き、スリアンを挟んで再び階段を駆け下りる。

 王宮内に残っているのは敵の一般兵だけで、すでに敵魔道士の姿はなかった。往路でサイが脳を灼いたのは十人にも満たず、最初の情報との誤差があまりにも大きい。


「そう言えばセラヤ——」


 剣を振りかぶってきた敵兵を鉄魚で吹き飛ばし、サイは自分の左側で戦杖を振り回すセラヤに声をかける。


「シリスとの連絡は?」

「残念ですが、ゼゲルハブでの連絡以来ずっと途絶えています。呼びかけても返事はありませんし、意識の共有もできていません」


 感情の交じらない口調で淡々と告げ、はっという短い気合いと共に戦杖を振り回すセラヤだが、生まれて以来ずっとすぐ隣に感じていた双子の気配を失って冷静でいられるわけがない。はずなのだが。


「なんですか? こんな時まで他人の心配ですか? 本当に旦那様はお人好しですねっ!!」


 セラヤは暗い表情を見せるサイを見て、逆にサイをからかってみせた。

 自分の感情をみじんも見せず、鍵のかかった扉をこじ開けようとしていた兵士を戦杖で殴り飛ばしながら不敵に笑う。


「さあ、目的地ですよ」

「ここは?」

第一王女ねえさまの部屋だ」


 サイのつぶやきにスリアンは短く答えた。

 扉は一見豪華な飾りに偽装した補強が縦横に入っていて、何者かが強引に開けようとした傷跡だらけの割には、いまだにしっかりとその役割を果たしていた。


「良かった。まだ破られてはいないみたいだね」


 スリアンは安堵をにじませた表情でつぶやくと、扉の枠にほどこされた細かい彫刻のあちこちに指を走らせ始める。


「万一の時に備えて、ここは中からしか開かない仕掛け扉になってる。まあ、外からも開けられないことはないんだけど、その場合解錠にはかなり面倒な手順が必要になる」

「え?」

「だから、いつもなら部屋の主が外出するときも必ず誰かが中に残る決まりなんだ。でも、符丁でノックしても返事がない」

「それって?」

「わからない。開けてみるしかない。二人は敵が来ないか警戒を頼む」

「あ、はい」


 そのまま解錠に没頭するスリアンを背中に隠し、サイは廊下の先をにらみながら考える。


(セラヤから聞いた情報との誤差が大きすぎる)


 確かに王宮に敵が入り込んでいるのも火を放たれているのも一大事だが、セラヤの話にあった〝数百人の魔道士〟は影も形もない。

 ゼーゲルの街がそうであったように街で一般の民を相手に暴れているような気配もなかった。

 だとすれば、王都を襲った敵の戦力は想像しているより少ないのではなかろうかという疑念がわく。


「……セラヤ」

「何ですか?」


 並んで廊下を警戒するセラヤにサイは問いかける。


「君達の能力は、相手に嘘を伝えることもできるのか?」

「どういう意味です!? シリスが私達をめたとでも言うつもりですか!!」

「そうじゃないんだ。ただ、例えば、女王の命をたてに強要されたとして、シリスが君に偽の情報を送ってくることは技術的には可能なのか?」

「え!?」


 セラヤは絶句した。そのままうつむいてしばらく考え込んでいた彼女は、やがて顔を起こすと戦杖をギリリと握りしめてサイの顔を凝視する。


「不可能ではない、と思います」


 ついで自分の考えを確かめるようにポツリ、ポツリと言葉を口にする。


「考えてみると、確かに変でしたね」

「何が?」

「ええ、私達の意識共有は普通、お互いの感情や体の調子、周辺の聴覚、視覚イメージまで含めた大量の情報を漠然と共有するものです。ですが……」

「うん」

「シリスの最後のメッセージは、ただ声だけでメッセージだけを送ってきました。そこには他の要素は何ひとつ含まれていませんでした」

「それっておかしいとは思わなかったの?」

「自分の感情を相手にぶつけたくない時、シリスは時々そんな遠慮した方法でメッセージを送ってくるんです。例えば、両親が死んだニュースとか……」

「……ごめん」

「別に謝るようなことはありません。ですから、私は今回も悪いニュースで私がパニックにならないようにシリスが気をつかってくれたものだと思い込んでいました」


 それを聞いてサイは考え込む。


「もし第三者に強制されたメッセージだとしたら——」

「おかしいですね。もし、他人に強制されたのだとしたら、シリスはなおさらいつもの意識共有を使ったはずです。言葉以外の情報で第三者には知覚できない秘密のメッセージを紛れ込ませることが可能なのですから」

「だよね。だとしたら……」

「もしかしたら、シリスは敵にお守りを取り上げられているのかも知れません。私を呼び出すための最低限の使用法だけを伝えて、あえて違和感のあるメッセージを送るように仕向けた?」

「何のために?」


 その時、背後で一心に解錠作業を行っていたスリアンが声を上げた。


「二人とも待たせたね。もうすぐ扉が開くよ」

「待って下さい!!」


 サイは叫び声を上げた。


「もしかしたら、敵の罠かも知れません! 開けないで下さい!!」


 

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