第123話 蹂躙された王都

「そんなバカな!!」


 報告を聞いてスリアンの顔色がすっと蒼白になる。


「ここで、これだけの規模で……これほどの民を犠牲にして……これが、ただの陽動だって言うのかっ!!」


 まるで血反吐ちへどを吐くような叫び声だった。

 タースベレデの防衛は、魔女が騎士団に在席した時代から国境は機動力のある騎馬隊が守り、各都市は一般兵が守るという構造になっている。

 もともと少ない戦闘魔道士は各都市に最低限の数しか配置していない。いざという時には最初の一撃だけは地元でなんとかしのぎ、その間に強大な魔法戦力を持つ〝雷の魔女〟が駆けつけて対応する仕組みになっていた。だが、戦争に備えてサンデッガに通じる主要街道に戦闘魔道士が集中配置され、もともと多くない王都駐在の魔道士は今や心許ないほどにまで削られている。

 そんな状況でも、敵魔道士部隊襲来の恐れありということになれば、女王としては軍指揮官としてのスリアンと、その護衛、兼、雷の魔女の代役としてサイを派遣せざるを得なかった。

 だが、それこそがサンデッガの仕組んだ罠だった。

 王都から遠い都市に向けて大規模に魔道士部隊を動かし、数百、数千もの民を犠牲にして危機を煽り立て、だがそれすらも見せかけで、本体は王都に潜伏し、スリアンとサイが王都を離れた途端に決起して王宮を攻めたのだ。


「やられた!! まさかここまで酷い作戦を立てるなんて!」

「スリアン、そんなことより一刻でも早く早く王都に戻らないと!」


 地団駄を踏んで悔しがるスリアンをセラヤと二人がかりで強引に馬車に引きずり込み、ゼゲルハブでの後始末を何もかも駐屯地司令官に一任して走り出した。往路と同じく馬をうまやごとに使い捨てたとしても、王都まではまるまる一昼夜かかる。


「お任せ下さい。行きよりもっと早く戻って見せます!」


 セラヤは激しく鞭を使って馬をせき立て、空すら飛びそうな勢いで馬車を駆った。

 だが、三人がようやく王都にたどり着いたとき、王宮からはすでに激しく炎が立ち上っていた。





「王宮がっ!!」


 窓から吹き出す炎を目にして悲痛な声をあげるスリアン。

 一方、セラヤは馬車の速度をまったく緩めようとはしなかった。


「旦那様っ、援護をっ!!」


 王宮に向かう石畳の広い道には、進路をさえぎるように一列に並び、こちらに向かって油断なく馬上槍ランスを構えた重装槍騎兵の姿が見える。


「魔道士……じゃない? サンデッガにはこんな連中までいるのか! 一体どうやって入り込んだんだ?」


 だが、疑問に思っている暇はない。サイは馬車の窓から身を乗り出し、まるで戦車の砲塔のように正面に向けて多重魔方陣を構築、中央の一番硬そうな全身鎧を狙い撃つ。

 

 ズバンッッ!!


 紫電は狙い違わず騎乗する軍馬ごと甲冑姿を吹き飛ばした。サイは自分が予想していたより遥かに電撃の威力が増していることを知り、自分が相当怒っていることを今さら自覚した。

 馬車は速度をさらに上げながら蹴散らされた騎兵の隙間をすり抜ける。

 サイはすれ違いざま、騎兵の構えていた馬上槍ランスをすべて電磁力で強引に引きむしり、馬車の左右にずらりと浮かべると、馬車と同じ速度で飛行させる。


「いいぞセラヤ! このまま突っ込め!!」


 邪魔をしようと飛び出してくる敵兵には青白い電雷をまとわせた馬上槍をミサイルのように打ち込み、ウンカのように飛来する矢は馬車全体まで広げた電界のバリヤで一気に薙ぎ払う。


 そうして一行は、またたく間に王宮の正面を突破し、開け放たれたままの大扉を抜け、黒煙の充満したエントランスに馬車ごと突っ込んだ。


「陛下!!」


 大声で叫びながら馬車を飛び降りるスリアンを追い、サイとセラヤは大階段を駆け上がった。

 いつの間にかスリアンを抜いて一番前に位置どったセラヤが群がってくる敵兵を戦杖で打ち払い、後方から追いすがる兵はサイが鉄魚を飛ばして撃ち伏せる。

 ローブを着た魔道士は目にした瞬間サイが電撃を飛ばして脳幹を灼き、一切の反撃を許さない。

 そうして戦いつつ数階層駆け上がった廊下の突き当り、女王の執務室の扉の前で、一行は血まみれの襤褸布ぼろきれのように崩れ落ちた人影を見る。


「っ!! カダムっ!!」


 スリアンがひざまずいてその上半身を抱え起こす。


「カダムっ!! ボクがわかるか!?」

「……殿下」


 スリアンの顔を目にして血まみれのその顔が少しだけほころぶ。


「よくぞ……ご無事で」

「大丈夫か!! どこをやられた!? すぐに――」

「殿下……私のことより、陛下をお守り下さい」

「わかった! だがカダムも――」

「私はもう……血を失いすぎた。それよりも陛下を……抜け穴から宮外へ……」


 カダムが身動きするたびどこかから血がどくどくとあふれ、スリアンの手も彼の血で真っ赤に染まる。


「殿下、なにとぞ、陛下をお守り……」


 言い終わらないまま、カダムの頭がくたりと力を失って傾いだ。


「わかった! わかったからもうしゃべるなっ!!」


 涙をボロボロこぼしながらイヤイヤをするように首を横に振るスリアン。

 サイは見かねてその肩に手を添えた。


「スリアン、もう……」

「ごめん、ちょっとだけ、あと少しだけいたませて……大丈夫、すぐ立ち直る。だから……」

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