第113話 最後通牒

「別にドレスでもおかしくはないだろう? ボクは元々女だよ!」

「でも確か、跡継ぎ問題で第一王女様に遠慮してどうこうと――」

「ああ、その話だけど、もう必要なくなったから」

「は?」

「姉の婚約と王位継承が王宮内で本決まりになった。ボクは皇籍を離れることが許された。だからもう性別を偽らなくても良くなったんだ」

「ええっ!!」


 サイだけでなく、スリアンの後を追って駆け上がってきたエンジュも口に手を当てて呆然としている。


「とはいっても今すぐじゃないよ。正式な布告は早くても今次戦争の決着を待って、ということになるけどね」

「戦争! ついにですか!!」


 エンジュがさらに息を飲む。


「それよりもさあ、ボクのこの姿を見てサイは何か思うことないのかい?」

「え? 普通にきれいだと思いますけど、それが?」


 スリアンはそのセリフにわずかに顔を赤らめ、口をとがらせて小さくため息をついた。


「だからっ、そういうところだよ〜」


 立ち話で続けられる話でもなく、二人をいつものように室内に招き入れ、階下のシリスとセラヤに声をかけてお茶を用意してもらう。


「サイはある程度知ってると思うけど、今朝方、サンデッガからの使者がやって来た。で、持参した国書は実質上の最後通牒だった」

「具体的にはどんな?」

「うん。国内にサンデッガ軍を駐屯させ、王宮にサンデッガの政治要員を受け入れ、サンデッガへの納税とサンデッガ国民の無制限通行権を認めろって要求してきた」

「まるきり属国扱いじゃないですか!!」


 エンジュが悲鳴じみた声を上げる。


「返答期限は二週間。もし期限内に返答がない場合には全軍をもって国土を蹂躙じゅうりんする、とさ」

「でも、私達が脱出してまだひと月も経ってません。あの時点でそこまで戦争の準備が整っていたようには見えませんでしたよ?」


 スリアンはその疑問を予期したように頷く。


「エンジュの疑問ももっともだ。だが、向こうからしてみれば、消えたはずの魔女が国内に跳梁し、戦略物資の輸送馬車が襲われ、密輸ルートの重要人物キーウーマンが殺されたわけだ。そもそも最初からウチに攻め込む気は満々だったわけだし、無理は承知で計画を前倒ししたんだろうね」

「でも、あれば別に狙ったわけじゃなくて——」


 サイが反論しかけるのを、スリアンは右手を軽く持ち上げて制する。


「言ったろ、あくまで向こうから見れば、の話だ。ボクらが開戦遅延テロ工作をしていると取られても仕方ないんだよ。これ以上国内を引っかき回される前に、魔道士部隊を投入して一気にカタをつけようって判断が出てもおかしくない」


 スリアンは腕組みをしてドサリと背もたれにもたれかかる。


「魔道士の数は向こうが圧倒的に多いからね。ボクらが見逃した分のヘクトゥースだけで、一個大隊の狂魔道士が何日か暴れられるだろう。陸軍は編成に時間がかかるけど、魔道士部隊なら展開が早いからね」

「一個大隊、ですか?」

「国によって違いますが、おおむね四百人程度でしょうか」


 サイの疑問にエンジュが素早く答える。


「四百人!!」

「魔道士団の全員、あとは魔道士学校の教官や学生達まで全部突っ込めばそのくらいの頭数にはなるだろう?」

「ですが、彼らはまだ——」

「まあ、あのレベルの魔道士や魔道士候補に戦闘力を持たせようとすれば、投与されるヘクトゥースの量は半端じゃ済まないだろうね。その先は廃人一直線だろうから、一度限りの決戦兵器って感じ?」


 スリアンのコメントは辛辣で残酷だった。

 サイは、短い潜入調査の間に知り合った同級生や教官達の顔を思い浮かべた。彼らがクスリで狂わされ、使い捨て兵器として突っ込んでくる姿を思い浮かべ、それがメープルの最後の姿とダブって思わず身震いをした。

 そんなサイの様子を悲しげな表情で見つめたスリアンは、口をぐっとつぐむと無理に口角を持ち上げて明るい調子で切り出した。


「サイ。ボクとデートをしよう!」

「は? 何ですか!? 話の流れが全然見えませんが?」

「いいんだよ。せっかくボクもおめかししてきたんだし、まだ日暮れまでには時間もある。何か障害があるかい?」

「……いえ、特にないですけと」

「じゃあ行こう、今すぐ出よう!」


 言いながらスリアンはぐいぐいサイの腕を引っ張る。

 結局、そのままなし崩しに二人は城下に出ることになった。





 タースベレデの商店は、他国に比べて圧倒的に取り扱いの品数が多い。

 女王の方針で物流と貿易に力を入れているため、どの店先にも外国の珍しい品が大量にあふれている。


「商品がとにかく豊富ですよねー。珍しい物も多いし」


 サイは店先に山積みされている外国の商品を手に取っては戻し、を繰り返しながら素直な感想をこぼす。


「そうだろう? 外国商人の入国もほとんど制限がないからね。民族衣装を着た連中があちこちに歩いてるよ。それに、彼ら向けの屋台も多いから、王都にいながら毎日でも異国料理が食べられる」

「食いしん坊のスリアンにはぴったりだ」

「あのなあ、ボクの食い道楽のためにこんな政策が取られているわけじゃないんだぞ」

「それにしても……」


 スリアンの文句を右から左へと聞き流し、サイは色とりどりの民族衣装であふれた通りを見渡す。道行く人の表情は明るく、誰もが生き生きとしていた。


「普通、これだけ外国人が多いと……」

「外人だけじゃない。地方から流れ込んでくる連中も少なくないな」

「そう、それだけ外から来る人が多いと、治安が悪くなったりするもんじゃないですか? それがまったくないのが不思議だなあと」

「ああ」


 スリアンは自慢げに頷くと四つ辻にある小さな建物を指さす。


「交番所だよ。通りごとに設置されていて、交代で警備兵が詰めている。彼らが目を光らせている以上、城下で滅多なことはできないよ」

「あ、交番!!」

「ああ、王宮直営の救済所なんてものもある。女王の方針でスラムを潰した代わりに、身寄りのない住民や貧民に格安の宿を提供したり、日雇いのあっせんなんかをやってる。あ、おかゆの炊き出しなんかもやってるな」

「へえ、何か妙な既視感があるというか……」

「そりゃそうだ。このあたりは雷の魔女が出したアイディアだから」

「あー、なるほど」


 サイは納得して深く頷いた。

 建物の壁や屋根は色とりどりでまるで統一感はないが、サンデッガ王都の灰色っぽい街並みを見慣れたサイにとって、それらはまるでおもちゃ箱をひっくり返したように見える。

 むせかえるような活気にあふれ、住民や商売人達の笑い声や物売りの声がこだまするこの街を、サイはスリアンに手を引かれそぞろ歩いた。


「どうだい?」


 小一時間歩き、広場の片隅でベンチに並んで落ち着いた二人は、弦楽器の演奏を聴きながら屋台で買った串焼き肉をかじる。


「何がです?」

「この街だよ。とってもいい所だと思わないかい?」

「ええ。戦争間近だというのに、サンデッカ名物の串焼きが普通に売られていて誰も気にしないところとか?」

「ああ。これこそがタースベレデだよ。自由で、おおらかで、安全な街。ボクが愛し、護りたいと思っている民の平和な日常がここには溢れている」


 スリアンはそう言って、不意に表情を引き締めてサイの目を覗き込んだ。


「多分、この先こうやって二人でのんびり街を歩くのは当分お預けになるだろうね。戦争が始まれば、ボクは女王の名代みょうだいとして最前線に立つ」

「ええ」

「もちろん、無駄死にするつもりはないけど、ボクも君もお互い戦場に立つ身だ。次にいつ会えるかなんて約束もできない」

「……そうですね」

「だから、最後に、ボク本来の、うそ偽りのない姿で君の前に立ちたかったんだ」

「ああ、だから女装で――」

「女装言うなバカ」


 スリアンはサイに肘鉄を食らわせると、サイの正面に立ってドレスの裾を広げる。


「どうだい?」

「さっきも言いましたよ。とてもきれいです」

「それだけ? 他に何か言うことは?」

「特にこれと言って……」

「むーっ!」


 スリアンはわかりやすくむくれるが、すぐに思い直したように表情を和らげる。


「こういう時に妙な告白や約束事をしちゃうと〝ふらぐ〟とかが立って良くないらしいからね。でも……」

「それも魔女の受け売りですか?」

「ハハハ、まあね」


 スリアンは明るい笑い声をたてると、そのままサイの瞳をじっと見つめた。

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