第五章
第112話 サイ、伯爵位を授けられる
「え?
サイが魔女の塔に戻ってから二十日。ようやく体調が回復したサイは女王に呼び出され、王宮内の女王の執務室を訪ねていた。
「ああ、叙爵というより
女王に頭を下げられ、サイは恐縮して慌てて首を横に振る。
「い、いえ、サンデッガでの出来事はもう頑張って割り切るしかないと思っています。ですが、いきなり伯爵位というのはちょっとどうかと……」
「本当は侯爵位くらい与えてもいいと思うんだが?」
「それこそとんでもない話です!」
サイはあわてて否定した。
「いや、我が騎士団所属の魔道士は、騎士に任じられたその時点でもう一代貴族と同じ扱いなんだ。おおむね子爵相当ということだな」
「はぁ。それは前にうかがいました」
「今回は、敵地に潜入し、サンデッガの狂魔道士部隊発足の危険性を探り出したのみならず、サンデッガ国内、及び我が国へのヘクトゥース密輸ルートを解明した一件が戦勲に値するということで、正式に永代貴族に格上げし、あわせて一階級アップという形での叙爵となる。お分かりか?」
「お分かりも何も、陛下がそうおっしゃるのであれば……ただ、あれを功績と呼ぶのであれば僕ひとりの力ではありません。むしろ——」
謙遜しようとするサイを押しとどめ、女王はいくぶん優しい
「その辺は私もわかっているよ。詳しくは後でウチの娘にでも聞いてほしい」
「ウチの……スリアン殿下ですか?」
「ああ。どうやら最近は貴殿につきまとって随分と迷惑をかけている様子だが?」
「いえ、とんでもありません! 今度の件もそうですが、むしろ迷惑をかけてばっかりなのは僕の方です。殿下を叱らないで下さい」
慌てるサイの様子に、女王は白い歯を見せて笑う。
「いや、別にとがめるつもりはない。あの子には小さい頃から家の都合で我慢ばかりを強いているからね。多少のわがままなら大目に見るさ。とはいえ、ウチは独裁国家ではないので王宮内の声にも多少は配慮しないといけなくてね」
「配慮、ですか?」
「ああ、今回の貴殿の叙爵には口さがない噂スズメ達の口を封じる意図もある。あとはまあ、将来に備えて色々環境整備も……」
「将来? 環境?」
サイが首をかしげたところで扉がノックされた。
「入れ」
扉の向こうにいたのはスリアンだった。サイの顔を見てぱぁと表情をやわらげながら大股で部屋に入ってくる。
「やあ、サイ、ここにいたのか。また母さまに無理難題を押し付けられてはいないだろうね?」
「え? いえ」
「無理難題とはご挨拶だな。我が不肖の娘よ。サイの叙爵の話をしていたんだが?」
「ああ、本決まりですか! 嬉しいなあ。これで少しは格好がつくよ」
「格好?」
「あ、いや、こっちの話。それよりも陛下、先ほどサンデッガから使者と国書が届きました」
「国書?」
「ええ、一言で要約すると、我が国に対し、サンデッガに服属せよと要求する内容です」
「そろそろなんらかの動きがありそうだと思ってはいたが、いきなりそれか……事実上の宣戦布告にも等しいな。では、各大臣と政務官を至急集めよ。対応を検討せねばなるまい」
女王は立ち上がるとサイにすまなそうな顔を向ける。
「サイ、もう少しゆっくり話がしたかったのだが残念だな。叙爵式典の段取りはまた追って」
「はい。かしこまりました」
「では、後ほど具体的な内容は
「サイ、あとで塔に行くからね」
それだけ言い残すと二人は慌ただしく部屋を飛び出していった。
「旦那様、もう少し育つのを控えては下さいませんか?」
サイが塔に帰ると、巻き尺を持って待ち構えていたセラヤからいきなり理不尽なクレームを受けた。
「入団の時にあつらえた制服はもう厳しいようです。今回は陞爵でどっちにしろあつらえ直しになりますから構いませんが――」
「え、もう知ってるの?」
「当然です。そんなことより勝手ににょきにょき伸びないで下さい。二月もたたずにあつらえ直しはさすがに困ります」
「そんなこと……ひどい言い草だな。それに背が伸びるのは僕の責任じゃないだろう?」
「どうせそのうちまた上がるんです。いちいち気にしてなんかいられません。それよりも、今のサイ様は並の成長速度ではありませんから。まさに庭の雑草並み」
「雑草って……褒められてんの、けなされてんの、どっち?」
文句を言いながらも、確かに最近ひじやひざの関節が痛いなあと思う。前回の成長期に感じた成長痛よりかなり強い印象だ。靴のサイズも合わなくなってきているし、セラヤに言われるまでもなく、塔に戻って以来、なんだか服がキツいなとは思っていた。
「この調子で伸び続けるとすれば、あと一年も経たずにスリアン殿下の背丈に届きますよ」
「殿下の背丈? さすがにそれは言い過ぎじゃ?」
「いえ、そこからさらに一年でカダム様を抜き去り、三十年か四十年後にはこの塔の高さを超えることも——」
「いくら何でも永久に伸び続けるわけないだろ!!」
「でも、成長が普通より早いのは確かです。旦那様、何か変なクスリやってませんか?」
「ないよ! まったく信用ないなあ」
サイはぼやきながら階段を上り、私室に戻ってソファに沈み込む。
十才の身体で成長期は早すぎる気がしないでもないけど、もともとの身体を強引に巻き戻されているわけなので、そういうことはあるのかも知れないと思う。十六歳の時のサイはカダムと同じくらいの背丈はあったので、あのあたりまで伸びれば止まるだろう。と、楽観的に考えることにする。
しかしそれよりも、気になるのはサンデッガだ。
自分達がかき回したせいで逆に戦争への動きが早まったのであれば、やぶ蛇以外の何でもない。
そんなことをぼんやり考えていたサイは、階段を足音を忍ばせて登ってきた人物への対応が一瞬遅れた。
「じゃーん!!」
ノックもせず気安くドアを開け放ってポーズをとるのは言わずと知れたスリアン。だが、その装いはなじみの騎士男装ではなかった。
「ど、どうしたんですか一体!! 変装ですか? 何か事件でも――」
「あのねえ、事件はないだろ事件は。せっかくおめかしして来たのになんて言い草だ?」
「いや、でも、ドレス!?」
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