第111.5話 閑話 〜長い午睡〜
しばらくぶりの魔女の塔は、サンデッガでの過酷な潜入調査がまるで夢だったかのように、変わらない静かな
だが、大怪我を押しての脱出行と深夜の
塔のメイド達が名前を読んでも反応は鈍く、出された食事にもほとんど手を付けない。夜な夜なうなされては飛び起きることを繰り返すせいで睡眠すらまともに取れず、まるで骸骨のようにげっそりとやつれ果てたサイを目にしたスリアンは、王家の侍医に命じ、サイの飲み物にこっそり強力な眠りの薬草を混入した。
サイの体内で薬草の成分がゆっくりと分解されるまでおよそ一週間。もちろん彼を無理やり眠らせた責任は自分にある。スリアンはそう周囲に宣言し、こんこんと眠り続けるサイに昼夜を問わず付き添った。
「サイ、ボクは君がきっとこの悲しみを乗りこえてくれると確信してるよ」
眠り続けるサイの顔を見つめながら、スリアンは静かにつぶやいた。それはまた、心からの願いでもあった。
こときれた
長くて深い眠りは、自分の意志だけでは克服が困難な心の傷を和らげ、絶望や悲しみを乗り越える助けになる。そうスリアンは信じていた。
以来、スリアンは日に三度、王家秘伝のポーションを手ずからサイに飲ませ、下の世話すらも絶対にメイド達に任せなかった。
「このままでは殿下までお倒れになってしまいます。どうか私達にも主様のお世話を手伝わせて下さい」
何度もそう訴え、サイの世話を肩代わりしようとするシリスとセラヤを寝室から締め出すと、折りたたみ式の寝台や執務机まで持ち込んで、寝泊まりから王室から回ってくる様々な書類の決済まで、すべてサイのそばを離れない徹底ぶりだった。
いくらサイがタースベレデ最上級の魔道士とはいえ、スリアンのその行動が王族の対応としてあまりに異例であることは間違いなく、王宮内にいくらかさざ波が立った。だがスリアンはそれを少しも意に介さず、一週間ずっと魔女の塔を離れなかった。
そして八日目の朝。
侍医が覚醒の呪文を唱え、苦味の強い薬湯をサイの口に一滴垂らすと、サイはすぐに目を覚ました。
「……ああ、スリアン」
口の中の苦味が気になるのか、顔をしかめながら、ではあるもの、サイはきちんと焦点のあった目つきでスリアンを見つめ、名前を呼んで、それからかすかに微笑んだ。
「随分と長い午睡だったね。気分はどうだい?」
いつものように軽口交じりに尋ねながらも、スリアンはサイが笑ってくれたことが嬉しくて少しだけ涙ぐんだ。
(サイは、きっともう大丈夫だ)
スリアンはそう確信しながら、いまだ包帯だらけのサイの頭をふわりとその胸に抱いた。
「お帰り……お寝坊さん」
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