第104話 サイ、尋問する
「待ってください。だとすれば、校長が僕らにスラムの捜索を命じたのはおかしくないですか? 僕らが黒衣の女を
サイは納得できず思わず声を上げた。同時に、スラムで遠巻きにサイ達を監視する視線の中に、
「いや、逆にこれではっきりしたよね。アルトカルと校長の行動にはまったく関連性がない。これはボクの想像だけど、ヘクトゥースの入手経路も全然違うんじゃないかな?」
「そうですね、アルトカルはあくまでヘクトゥースを戦略物資として考えている様子ですが、校長は子飼いの教官や学生に分け与えたり、卒業生の能力を
スリアンの言葉にエンジュも口荒く同意する。
「ならず者達の言いぶりからして、校長は前からあいつらと付き合いがあったんだろうね。奴らは恐らくヘクトゥースの密売もやってて、校長はそこから手に入れたんだと思う」
「まったく、教育者にあるまじき、どこまでも
エンジュの毒舌っぷりは容赦がない。
「……だとすれば、校長の指示と、黒衣の女の潜伏場所が重なったのは」
「偶然、というか、王都でならず者が集まりやすくて、身を隠すのに適した場所がカンアーミ、というだけの話じゃないのかな」
スリアンはため息交じりに言った。
「ヘクトゥース、それに魔道士学校の理事長と校長……なまじ共通項があったせいで随分とミスリードされましたね」
エンジュもふうと息を吐き、両手をパンと自分の腿に打ち付けて気を取り直したように背筋を伸ばす。
「まあ、おかげで
「そうだね。後は
言葉を切り、スリアンはサイの目を覗き込むように顔を近づけた。
「サイ、まさかとは思うけど、黒衣の女を探したい、とか考えてたりはしないかい?」
「……実は、自分でもよくわかりません」
サイは今の気持ちを隠さず口にする。
メープルと共に成長してきたかつてのサイと今のサイは違う。
巻き戻され、見た目年齢十歳に若返った自分と、二十二歳のメープルとでは、仮に奇跡が起きて彼女の心変わりがなかったことになったとしても、元通りの関係に戻ることはまず不可能だろう。
それに、サイが変わったように、メープルもまた変わるのだ。それはわかっている。だとしたら……。
心配だから今日は寮に泊まる、と強行に言い張るスリアンをどうにかなだめすかし、一同が解散したのはもう日も変わろうとする時間だった。
エンジュとセラヤは隣室に戻り、サイは自室で一人、窓の外の暗闇を睨みながらまんじりともせず薄明を迎えた。
空の端がわずかに藤色に色づく頃、サイは校長室の扉の前に立っていた。
前校長の時代には、何度も親しく訪れ、夜更けまで時間を忘れて話し込んだこともあった。さすがに酒を酌み交わすことはなかったが、卒業したらぜひ一緒に飲もうと交わした約束は、結局果たされないままだ。
「よしっ」
小さく気合を入れ、取っ手を握る。
ひんぱんに訪れたおかげで、扉裏のかんぬきの構造はよく覚えている。ガマガエル校長が鍵を取り替えていなければいけるはずだ。
鉄魚を操るのと同じ要領で扉の向こうにある鉄の掛け金を浮かせ、ひねる。
カタン
すぐに小さな音がして扉がふっと軽くなった。
(はずれた!)
きしみ音が出ないように蝶番に油をくれてやり、取っ手をひねりながら、いきなりバンと開いてしまわないように慎重に押す。重たい樫の扉は、それだけであっけなくサイを迎え入れた。
「さて、まずは……」
執務机は部屋の正面突き当り、重要書類をしまっておく鍵付きの書棚は部屋の右奥。
間取りを思い出しながら一歩踏み出しかけ、いびきが聞こえるのに気づいてギクリと立ち止まる。
薄暗い部屋を透かしてよく見れば、応接用の長机に襟を緩めてだらしなく横たわるガマガエル校長の姿があった。
(チッ)
内心で舌打ちし、すぐに待てよと思い直す。
「……どうせなら、直接本人に尋問したほうが手っ取り早いか」
ヘクトゥース取引の証拠となる書類を探し、密売相手の情報を得るつもりでいた。そこからあの縫い傷の男を探し出し、奴にあたって黒衣の女の居所についての心当たりを聞き出す。
だが、都合よくそんなものが見つけられるとも限らない。
「よし、校長、起きろ!」
サイは応接机にどかりと腰を下ろし、校長の脳髄を細く絞った極小の雷でチクチクと刺激した。
「!!」
校長はいきなり目をむき、大声を上げようと口を開く。だが、その口から声が漏れることはなかった。
「おはよう、校長。息ができないよね?」
呼吸中枢を電気刺激で麻痺させられ、息を吸うことも吐くこともできないことに驚愕するガマガエル校長。
「これから聞くことに素直に答えるならよし、変に取りつくろうならこのまま呼吸困難であの世行きだ。わかった?」
校長は顔面を紫色に変えてコクコクと頷く。
「じゃあ聞く。顔に縫い傷のあるならず者を知っているな?」
コクコク
「奴からヘクトゥースを買ったな?」
コクコク
「奴の連絡先は? あるいは呼び出し方を教えろ。デタラメを書くとどうなっても知らないよ」
そう言ってペンを握らせる。
校長は顔色をさらにどす黒く変え、震える手で皮紙にペンを走らせた。
涙ぐみながら紙を差し出し、必死の表情で何度も喉をかきむしる。
「ありがとう。これがもし嘘だったら……」
校長は「とんでもない」と言わんばかりにブンブンと首を横に振ると、長椅子から転げ落ち、額を床に擦り付けて土下座する。口からプクプクと泡を吹き出し喉をかきむしる様子を見て、サイは少しだけ溜飲を下げた。
「僕と仲間にこれ以上の危害は許さない。あと、誰かにたれ込むことも認めない」
コクコク
「今朝のことは一生口をつぐんおけ。この命令に反するようなら、あなたはある夜、寝ているうちに突然息が止まって死ぬ。いいね」
校長が最後までサイの念押しの言葉を聞いていたかどうかはわからない。
サイが校長の呼吸中枢を手放した途端、校長は瀕死のガマガエルそっくりに四つんばいのまま白目をむき、口を半開きにして舌をだらりと出したまま、その場にベチョリと崩れ落ちた。
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