第103話 監視

「サイはボクを軽蔑するかい?」


 王都に戻った二人は、終始無言のまま街をふらつき、やがて広場の脇のベンチどちらからともなく腰を下ろした。


「え、どうしてですか?」


 目の前には、スラムの民とはまったく違う、きれいに着飾って、笑いさざめきながらのんびりと散策を楽しむ人達の姿があった。


「実はね、襲われることは最初からボクの予想の範囲内だったんだ。むしろ、わざと無防備な姿をさらして襲撃を誘った。君を危険にさらすのは承知の上で、ね。ひどいだろ?」

「……ああ、そんなこと」


 サイは拍子抜けしたように頷いた。


「妙に目立つ行動を取ってましたから、何か狙いがあるのかなとは思ってましたが……」

「巻き込んでごめん」

「っていうか、単にテンション高かっただけに見えました」

「あはは、サイと二人で出歩くのが楽しかったのは演技ウソじゃないよ」

「大丈夫ですよ。そこは疑ってないです」

「……そうか。安心した」


 スリアンはふっと安堵のため息をつきながら両手を組んで膝の上に置いた。


「ここんところ、いろんな思惑が交錯してるからね。手に負えなくなる前にちょっと整理をしたかったんだ」


 そのまましばらく沈黙し、やがてついと立ち上がるスリアン。


「そうだ、サイ、お腹へってないかい? そこの屋台で何か買ってくるよ」

「だったら僕――」

「いや、ここはボクに奢らせてくれ。ちょっと待ってて」


 スリアンはサイの言葉をさえぎると、返事も待たずに広場の中央にある屋台に駆けて行った。その姿はどこか不自然で、どこか話の切り出し方を迷っている風にも見えた。


「はい、これ」


 やがて戻ってきたスリアンは、串焼きのつまった油紙の包みをサイに手渡して再び隣に腰を下ろした。

 そのまま再びしばらく黙り込むと、やがて意を決したように口を開く


「……じ、実はね、君がスラムの見回りに抜擢された話を聞いて、ボクはすぐに校長がこの話を利用して君達を始末しようとしていると気づいた。唯一わからなかったのは、この企みがアルトカルの指示なのか、校長個人の思惑なのかという点なんだけど……」

「確かに、それは僕も気になりました、が、それよりさっきからどうしてそんなに話しにくそうなんです?」


 答えながらサイはごそごそと渡された紙包みを開き、中の一本をスリアンに手渡す。


「え? だって、誰かが自分を傷つけようとしているなんて話、辛くないかい? 聞くだけで心がキューッと……」

「あー」


 サイはスリアンの細かい気遣いに思わず笑みがこぼれた。


「大丈夫ですよ。さすがにそこまで弱くはないです」

「そうかい? でも、まあ……」


 スリアンは照れくさそうに口ごもると、照れ隠しにがぶりと串焼きにかぶりついた。


「……まぁ、状況的に校長の独走という線が強いと思ってたけど、さっきの襲撃ではっきりしたね」

「そうですか? アルトカルが校長に命じて手配した可能性も――」

「いや、それはないな」


 スリアンは串焼き肉を口でむしり取りながら一言で否定した。


「アルトカルは君が多重魔方陣の使い手だと疑っている。始末を考えるならその点を考慮しないわけがない。だが、校長は君を見た目通りの少年だと軽く見てる。そもそもだよ――」


 言いながらスリアンは空になった串をぶんと振り回す。


「あの程度のチンピラに、サイがどうこうできるものか!」


 サイは、スリアンが思った以上に自分を高く買っていることを知って驚くと同時になんだか面映ゆい気持ちになった。

「そんなことないです。不意打ちには弱いし……実際、魔法抜きで黒衣の女の護衛に殺されかけました」


 サイが指摘すると、スリアンは今更そのことを思い出してムカついたのか、不機嫌そうに唇を尖らせる。


「そうだ! 大体、何だよ君の幼馴染は! どうしてヘクトゥースなんかに関わるんだ?」


 サイもそれは知りたかった。

 だが、二人が袂を分かってからすでに六年。素朴で心優しかったメープルがどれほど変わってしまったのか。サイにはもはや想像すらできなかった。

 その日、残り二回の見回りは何事もなく済んだ。遠巻きに監視されている気配だけは伝わってくるものの、二人の前には人っ子一人現れなかった。





「それはまた、随分と警戒されてしまいましたね」


 話を聞いたエンジュは苦笑した。


「殿下も、あまり私の姿で無茶をなさらないでください。これ以上悪評が立ったら私、お嫁に行けなくなってしまいます」

「何言ってるんだい。君のパートナーはそんなこと気にもしないだろうに」

「ですから、カダムとはそういうのじゃないんです!」

「へえー、ボクはカダムとは一言も言ってないんだけど?」

「もうっ!」


 そんな他愛のないやり取りを耳にしながら、サイの心は今ひとつ晴れなかった。スリアンに対しては気にしていない風を装ったものの、やはり、自分にネガティブな感情をぶつけてくる相手の存在は心を重くする。

 そんなサイの表情に気づいたスリアンは、小さくため息をつくと表情を引き締め、背筋を伸ばす。


「ところで、エンジュの方は?」

「ええ、カランタスの滞在している屋敷を張っていました。今日は食事時以外の外出はありませんでしたが、二、三度、伝書鳥が出入りしてます」

「レンジ茶の方は?」

「いえ、馬車の行方はいまだに不明です。ですが、王都に入ったという情報もありません」

「では、黒衣の女は?」

「屋敷に他の人間の気配はありませんね。身の回りの世話をする人間もいないのか、カランタスは三度の食事もすべて外でとっています。

「……ふうむ」


 スリアンはあごに手をやってソファにもたれこんだ。


「伝書鳥でやり取りをしている相手は?」

「それは……」


 問われて、エンジュは少し考える仕草を見せる。


「鳥の行き来する時間から見て、距離はすぐ近くだと思います。方角は、そうですね、屋敷から南東の方に飛び去ったのを見ました」

「何だって?」


 スリアンはそれを聞いて目を剥くとガバリと跳ね起きた。


「セラヤ! 地図はある?」

「はい」


 その質問を予期していたように、セラヤはすぐに巻いた大きな皮紙をテーブルに広げた。


「カランタスの屋敷は?」

「ええと、ここですかね」


 エンジュが貴族街の一角を指差す。


「で、ボクらが行ったスラム街がここ」


 都市防壁の外、雑に〝カンアーミ〟とだけ記された一角にトンと指を落とす。


「これは……」

「方角的にはドンピシャだ。恐らく、黒衣の女はスラムに潜んでいる!」

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