第102話 サイ、ならず者に囲まれる
「どうしてそれを……」
サイは思わず後ずさった。スリアンに自分の生い立ちを告白した時にも、その話にだけは触れていなかったはずだ。
確かに、サイはこれまでに何人もの人命を奪った。たとえばそれは魔道士団を追われた後に差し向けられた暗殺者の命だったり、理彩を殺すため襲撃してきたテロリストの命だったりした。いずれも命を狙われて仕方なくの反撃、ではあったが、理由はどうあれ人をあやめた事実は変わらない。
実際、暗殺者を手に掛けた時には、世界が終わったように絶望した。自分は二度と戻れない川を渡ったとさえ思った。
だが、その気持ちは次第に薄らいできている。それはいいことではないはずだ。だが……
「うーん、どうしてだろうね。自分でも良くわかんないんだけど、ボクは出会った人の魂の色っていうか、業の深さというか、そういうのが何となくわかるんだよ」
「え?」
「ボクが君の面接のためにわざわざゼーゲルまで出向いた
「でも、それって果たして〝健全〟と言っていいんでしょうか?」
なんとも微妙な褒め言葉に、サイは半分首をひねりながら頭を下げる。
「まあ、君は色々と危ういところも多いけど、一方で魔女にはなかった強さを持っていると思う。そのことは誇ってもいい。そしてそれこそが、ボクがこんな場所でも気安くいられる理由だよ、つまりボクは君を——」
その時、二人の背後で砂利を踏む足音がいくつも響いた。
「おっと、立ち話が過ぎたね。このまま振り向かずに走り抜けるよ」
言うなり走り出したスリアンについてサイも走り出す。いくつもの足音が重なり、数人が二人を追ってくるのが気配でわかる。
不規則に曲がりくねった路地を駆け抜け、道幅一杯に干された洗濯物や壁際に積み上げられたガラクタの山をはねのけ、蹴散らしながらしばらく行くと、目の前がぽっかりと開けた。
路地の迷路の中に突然現れた、幅も奥行きも三十歩ほどの狭い空間。
二人はその中央で十人ほどのボロを着た男達に取り囲まれた。
「ほう、猫目のべっぴんさんと異民族のガキか。打ち合わせの通りだな」
口元に縫い傷のある、目つきの悪い男がペッとつばを吐きながら二人を値踏みするように言った。
「おじさん、ボクらに何か用ですか?」
スリアンはいかにも学生といった口調ですっとぼけている。
「何だ、お前ビビってねえのか? こんな場所に助けは来ねえぞ」
「えー、おじさん、別に怖いって感じじゃないしー」
「オイふざけんじゃねっ! この剣が見えねえって言うのか!?」
スリアンが頭の悪そうな会話で時間稼ぎをしている隙に、サイは魔法で周りを走査する。
人数は十一、帯剣しているのはそのうち六名、懐に短剣を隠し持っているのが四、そして、胴体に鎖らしき金属を巻いて……恐らくモーニングスターのような鎖付き武器を持っているのが一名。全員が武装している。どう考えても友好的とは言いがたい。
「間違いねえ。先生が言ってた通り、いけ好かねえガキだ」
男は縫い傷をピクピクと引きつらせながら憎々しげに吐き捨てた。
「お前ら、悪いが生きて
これで敵性が確定だ。
サイはスリアンと目を合わせた。スリアンは小さく頷くと、だらりと下げた右手の指を三本立て、一、二と畳んでみせる。
三本目の指が折りたたまれた瞬間、サイはスリアンと交差するように背後のモーニングスター持ちに突進した。目立たないように、魔方陣を自分の腕が貫通するように生成し、両手の指先から直接、男が身体に巻いている鎖に高電圧を送り込む。
「ぐへっ!」
鎖の男は妙な声を上げてあっさり意識を手放した。ぶすぶすと全身から焦げ臭い煙を上げて硬直し、そのままよだれをたらしながら丸太のようにひっくり返る。
それを横目にバックステップを刻みながら短剣持ち四人に鉄魚を飛ばし、フルパワーでこめかみにヒットさせた。まるで卵を潰すようなグシャリという音が鈍く響き、男達は白目を剥くとすぐに足元をふらつかせ、崩れ落ちるようにその場に倒れる。
「スリ――!」
サイが振り返ったとき、スリアンはすでに五人の長剣持ちを切り伏せ、地面に蹴り転がした縫い傷の男の首元に長剣の切っ先を突きつけた所だった。
「誰にボクらの始末を頼まれた?」
そう尋ねるスリアンの表情はまるで
「ま、待ってくれ。俺は——」
素直に白状しない男の首筋に、スリアンは皮膚を薄く削ぐようにスラリと刃を滑らせる。
「ひっ!!」
男の傷口からポタポタと血がしたたり、見る間に踏み固められた地面に吸い込まれていく。
「ボクは気が短いんだ。もう一度しか聞かないよ。一体誰に頼まれた?」
「ま、魔道士学校の、こ、こうちょ……頼む、命までは取らないでくれっ!!」
「お前が今それを言うのか? ずいぶんと勝手な言い分だね」
スリアンは剣を引くと、そのまま男の喉仏を思い切り蹴飛ばした。男はしゃっくりのような声を上げ、そのまま泡を吹いて気を失った。
「無事かい」
「ええ、何とか」
二人は言葉少なにお互いの無事を確認すると、振り返ることなく足早にその場を立ち去った。
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