第99話 サイ、捜索班に抜擢される

 朝食を取り終わった後、サイ達一行は早々に宿を出立して王都に入った。

 箱馬車襲撃の一報はすでにカランタス伯経由でアルトカル大魔道士に届いているだろうし、下手をすればサイを襲撃の容疑者と断定して、身柄拘束のための戦闘魔道士が動いている可能性もあったからだ。


「いーや、きっと大丈夫だよ。むしろ〝雷の魔女〟復活の方が大ニュースになってると思うから」


 結果的にはスリアンの楽観的な分析が正しかった。

 人目を忍んで裏口からこっそり寮に戻ると、ちょうど魔道士団からの使者が魔道士学校を訪ねてきたところで校内はざわついており、誰に見とがめられることもなく部屋に戻ることができた。

 すぐに担任教官に呼び出され、病み上がりを装ってふらふらしながら講堂におもむくと、サイに好意的な教官の一人が気の毒そうな表情でサイを見た。


「ゼンプ君! もういいのか? 魔力酔いで寝込んでいると聞いたが」

「ご心配をおかけして申し訳ありません。おかげでだいぶ良くなりました」

「そうか、病み上がりにすまないな。魔道士団からの通達で、少しでも戦力になりそうな学生には全員招集がかかったんだ」

「戦力、ですか?」

「ああ、国内に雷の魔女が潜入している可能性があるらしい」

「雷の魔女!?」

「そうだ。奴はかつて、王と大魔道士が秘密会談を行っている屋敷にまで忍び込んできた前科があるからな。魔道士候補生も動員して大規模な捜索隊を組織するらしい」


 その後、使者として訪れた魔道士団の魔道士が登壇して説明が行われた。魔道士団の団員一名に対して学生数名が組になって一班を組織し、王都とその近郊数里以内をしらみつぶしに探すという。


「雷の魔女の噂は前から何度もありました。なんで今回に限ってこれほど大騒ぎしてるんですか?」


 誰かが質疑の声を上げる。サイもそれは同感だった。


「あの魔女めはこれまでに何度も我が国を愚弄してきた。来るべきタースベレデとの戦に備え、これ以上、二度と我が国で彼奴きゃつ跋扈ばっこを許すわけにはいかない! これは雪辱戦である」


 なるほど、とサイはため息をつく。

 戦争に備え、情報漏れや破壊工作を恐れているのだ。その上、引退したと言われ一度は完全に去ったはずの脅威(タースベレデの雷の魔女)が再び現れたとあっては、仮想敵国たるサンデッガとしては慌てる気持ちもわからなくはない。


「では、早速担当地域と組分けを発表する」


 サイは、前列でガマガエル校長が自分をじっと睨みつけていたような気がして振り向くが、彼は途端にそ知らぬ顔でそっぽを向いた。


「……次、ゼンプ学生、エンジュ学生、計二名。担当地区、カンアーミ通り」


 その瞬間、周りがざわめいた。

 教官までもがさっと顔色を変え、顔を突き合わせ何ごとかささやき交わしているところを見ると、どうやらサイ達にあてがわれた地域はろくな場所ではないらしい。

 一番サイと親しい教官が校長に確かめに行くが、校長はニヤニヤしながら無言で首を横に振っただけだった。


「わっかりやすい嫌がらせだなぁ」


 それを遠目に見て、サイはあきれ気味につぶやいた。


「……以上である。なお各班、見回り時間は日中二回、日没後一回の計三回を義務とする。捜索期間は当面一週間とし、期間中の授業は中止。また期間延長の場合は追って指示する。では、解散!」 


 その声と共に、学生たちは興奮した表情で講堂を出ていく。

 確かに、差し迫った危険のない学生にとって今回の捜索は降ってわいた非日常体験だろうし、将来の就職に備え魔道士団の現役魔道士OBと人脈をつなぐ格好のチャンスでもある。


「あ、そういえば僕らの班だけ魔道士団の担当者が呼ばれなかったな」


 一旦講堂を立ち去りかけたサイは、そのことに思い至って教官に確認しようと振り返る。と、向こうからエンジュが肩を怒らせてずんずん歩いてくるのに行き会った。


「やあエンジュ」


 途端にガシッと腕を掴まれてそのまま出口に引きずられる。


「おい、ちょっと、エンジュ? 何が――」

「部屋で話します。ったく、アホのイボガエルめ!」


 結局寮までそのままの勢いで引きずられ、部屋の扉が閉まった瞬間にエンジュは肩を落として盛大なため息をついた。


「私たちが担当のカンアーミ通りは、王都の守備隊も滅多に足を踏み入れないほど治安が悪い地域だそうです。別名〝魔窟〟」

「あー、それで……」


 ガマガエル校長の薄ら笑いの理由があっさり判明してしまった。


「あと、私たちに魔道士団の担当がつかないのは、『ゼンプ・ランスウッドはすでに魔道士団内で業務を行っている。つまり魔道士団の一員とも見なされるので別の担当は不要だ』って言うんですよ! 詭弁もいい加減にしろ、と言いますか……」

「あははっ、それはまた、すがすがしいほどのクズっぷりだね」


 いつの間にかサイの私室でくつろいでいたスリアンがおかしそうに笑い声を上げた。

 そばにはセラヤが付き、かいがいしくお茶を淹れている。それはまるで、タースベレデの魔女の塔での日常と寸分違わぬ光景に見えた。


「スリアン、いつの間に入り込んだんです? それに人の宿舎で自分の部屋みたいにくつろぐのは止めて下さいよ」

「何言ってるんだ、君とボクはすでに同じ寝床を共にした仲だろ? そんな水くさいことを言わないでくれよ」

「え? 殿下と旦那様が……?」

「だからそれは違ってて!」

「しかもボクは一糸まとわぬ姿をサイに見られたんだよ」

「いや、確かに事実だけどあらぬ誤解を招く表現!!」


 事情をしらないセラヤがなんだこいつという軽蔑の目でにらんでくるのがサイには地味にこたえた。





「さて、冗談はこのくらいにして、少しまじめな話をしようか」


 スリアンはカップを置くと、すっと表情を引き締める。


「最初からその冗談部分おちゃめを省いてくれるともっと嬉しいんですが?」

「えー、それじゃ楽しみがないよ」


 口を尖らせて言いながら、しかしその目は笑っていない。 


「カランタスが王都に持ち込んだ例の荷の正体なんだが、レンジ茶の茶葉だったよ」


 その言葉に、サイは襲撃の一部始終を思い出した。スリアンが長剣を一振りすると、麻袋の切れ目からバサバサと乾燥した薬草みたいな物がこぼれ落ちていた。あれがレンジ茶だったらしい。

 その後の情景も克明に思い出した。気を失う直前に馬車の窓から見かけた人影にまで思いが至って思わず顔をしかめる。


「ええ、レンジ茶って相当な高級品のはずですよね? それを金策に悩んでいるはずのカランタスがよくあれだけ仕入れられましたね」


 エンジュが驚いたように疑問を口にする。


「金の出所はまた別の誰か、だろうね。それにあれはどう考えても普通のレンジ茶じゃない。オドリグサの含有量が普通のレンジ茶の何十倍も多い特別仕様だ」

「え、オドリグサって……」

「ああ、ご存じの通り、ヘクトゥースの原料だね。さすがにオドリグサ単体だと見とがめられた時に面倒だから、表向きレンジ茶を装っているって感じかな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る