第98話 王家の事情
「え?、でも、前に第二王女は病気で亡くなったと……いえ、それよりも、どうして僕らはまっ裸なんですか?」
「何言ってるんだい。昨夜は君がボクをベッドに引っ張り込んだんじゃないか」
スリアンは軽い笑い声を上げながらわざとらしく
「あ、あの、とりあえず服を。頭の中が疑問で一杯なんですが、このままだとちょっと……」
「アハハ、それもそうだ」
スリアンはするりとベッドから抜け出すと、裸のまますたすたと部屋を出て行った。女性らしい曲線のきれいな背中の
そりゃそうだ。一国の王族が突然裸で目の前に現れて、悲鳴を上げない家臣がいたら見てみたい。サイはまだ半分混乱した頭でそう思った。
「介抱していただけたことについては心から感謝しています。本当にありがとうございました。でも、どうしてそこから裸で
朝食の並んだテーブルをはさんで、サイは改めてスリアンに問いただした。
「ああ、君はバーチという毒蛇の毒を受けた。この毒は、血管を収縮させて体だけではなく脳への血行も妨げる。命を救うには、毒が体内で完全に分解されるまで、ひたすら体を温めて血行を維持し続ける以外にないんだ。だが、近くには浴室のある宿屋がなかった」
「あー、なるほど」
「だとすれば、後は人肌で暖めるしかないよね。それにはお互い裸で密着するのがもっとも効率的だ。どうだ、完璧な理屈だろ?」
「私はお止めしましたよ。せめて殿下でなく私が、とも申し上げました」
エンジュが不満顔で口を挟む。
「バカなことを言うんじゃない。サイはボクを守ろうとして毒を受けたんだよ。それなのにどうして他人に介抱を任せなきゃいけないのさ?」
スリアンはそんなの論外だ、とでも言いたげに口を尖らせる。
「それにエンジュは冷え性だからね。十分にサイを暖めることができたかどうか。それに、カダムにも悪いし——」
「殿下!! どっちもこの話に関係ありません!!」
エンジュが顔色を変えてきーっと爆発するのを横目に、スリアンは皿の上の腸詰め肉にグサッとフォークを刺す。
「まあ、でもね、今だから笑い話だけど、ボクとしても君の命をつなぎ止められる絶対の自信まではなかったんだ。君を抱きしめていたのだって、そうでもしないと君が死神に連れて行かれるんじゃないかと不安だっただけで……だから」
スリアンはそこで居住まいを正し、テーブルに額がつくほど頭を下げた。
「サイ、死なないでくれて本当にありがとう。よく頑張ってくれた」
「そんなの……」
サイの顔が照れくささとうれしさで紅色に染まる。
「僕が礼を言われるのは変です。礼を言わなくちゃいけないのはむしろ僕の方で——」
「それは違うよ。君がボクを救おうとしたのがそもそもの発端なんだから、ボクの方こそ——」
「はいはい、お二方!」
そこにエンジュが割り込んだ。湯気をたてる焼きたてのパンの載った皿をどかんとテーブルに置き、二人に取り分けながら諭す。
「キリがありませんからその話はこの辺で。それより、サイはもっと聞きたい話があるんじゃないですか?」
「そ、そうですよっ! 第二王女って何ですか!! それにスリアンはランスウッド家の——」
「そういう風に話を作ったんだよ」
スリアンはパンをちぎりながら、つまらない話のように吐き捨てた。
「
「どういうことです?」
目を丸くするサイに、スリアンとエンジュは少し気まずそうに顔を見合わせた。
「
口調がなんとなく煮え切らない。さすがのスリアンも身内の批判はしにくいらしい。
「人柄は悪くないんだよ。むしろ家族としてはとてもいい姉だとボクも思う。でも、人の言うことを何でもかんでも無条件に信じすぎる。残念ながらこれは、為政者としては致命的な欠点だ」
「……そういうものなんですね」
「ああ。で、ある時、姉の代わりにボクを王位に、と言い出した
サイはそれを聞いて複雑な気持ちになった。
「そこで、ボクは女王と相談の上で死ぬことにしたんだ。第二王女は病死したと内外に公布した上で、ペンダスの商家を経由して別人として王宮に戻った。王子であれば後継者にって流れにはならないからね。そうやって姉の欠点をサポートし、いずれ姉が結婚したらその役目を
「でも……」
頭では理解できる。でも、サイの心は人をカードとして見るそんなやり方に生理的な嫌悪感を抱いた。
「王家はそれで安泰かも知れませんが、スリアン自身の幸せはどうなるんです?」
スリアンはふっと寂しげな表情で笑った。サイが彼女のそばに控えるようになって何度か見た表情だった。
「そんなもの……王族に生まれるというのはそういうことだよ。どうせ一度は死んだ身だ。人並みの幸せなんて求めちゃいないさ」
「でも……」
口ごもるサイに、スリアンは優しい口調で言い聞かせるように言う。
「それを言うなら、君だって同じだろ、サイプレス・ゴールドクエスト。本来の自分を理不尽に奪われ、ヒエダ・サイとして生きる。多分、君ならボクの気持ちも少しはわかるんじゃないかな」
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