第94話 蠢動
「旦那様、起きて下さい」
深夜、サイが寝ぼけまなこを開くとすぐ目の前にセラヤの顔があった。
窓の外はまだ暗く、いきなり起こされた理由がわからない。
「うーん、今何時? どうしたの?」
「まだ夜明け前です。実は伝令鳥が連絡を。カランタスの所領で動きがありました」
「何だって!?」
「あと、殿下も」
「殿下? スリアン殿下がどうした?」
「ええ、こちらにお越しになりました」
「はっ!? ええっ!!」
その瞬間、一気に眠気が覚めた。
慌てて寝室を出ると、そこにはエンジュと打ち合わせ中のスリアンの姿があった。
深夜にも関わらず二人共しっかりと騎士服を着込み、傍らには眠気をはらう黒豆茶の入った大ぶりのカップが置かれている。
「でん……スリアン! 何やってんですか!!」
「やあサイ、見ての通りだよ、エンジュの報告を受けてた」
「いや、こんな夜中に、しかも仮想敵国のど真ん中ですよ……もちろん密入国ですよね、やっぱり」
「あはは〜、鋭いね」
「で、いつこちらに?」
「うん、さっき着いた。何だかこっちが面白そうな感じになっているって聞いてね、王宮でのんびりしてられなくなって――」
「……まったく。悪い癖ですよ、スリアン。あなたに何かあったら国はどうするんです?」
「うーん、国は別に大丈夫だよ。それに、迅速な判断が求められる時にはなるべく近くにいたいじゃない?」
「そのための
「あはは〜、でも良かった。思ったより落ち込んでないね」
「……え、まさか?」
サイはスリアンのその一言で体温が一、二度下がった気がした。
「スリアン、まさか僕を……」
改めて顔を覗き込むと、スリアンは照れくさそうに首の後ろをかいた。
「ごめん、でも、君をここに送り込んだのはボクなんだし、心配くらいはさせてくれよ」
「……あ、りがとうございます?」
「なんで疑問形?」
サイはポッと顔が火照るのを感じて両手で頬を押さえた。
これまで一度も感じたことのないむずがゆい感情が湧き上がってきて、口元が緩むのをどうしても抑えきれない。
「……まあ、いつものことだから大目に見てよ」
「いや、でもですね……」
ここは苦言を呈するべきだと思うのに、スリアンのこの笑顔を目の前にするとうまく言葉が出ず、助けを求めてエンジュの方へ視線を泳がせる。だが、彼女もまた無言のまま微苦笑を浮かべてサイを見返した。
「えへん、さてさて、じゃあ現状を説明しよう」
スリアンはサイが半笑いでフリーズしているうちに、さっさと地図を机の上に広げてしまう。
「ボクがここに向かうのと前後して、カランタス領の屋敷から怪しい箱馬車が二台出発したそうだよ。
うち一台は窓まで完全に目張りされていて、人が乗っている可能性はほぼない。もう一台も窓にきっちりカーテンが引かれていて、乗客がいるかどうかはまでは不明。といった感じだね」
「護衛は?」
「いるよ〜。あまり素性のよろしくない元
「
「ああ、冒険者って言ったほうが理解が早いかな。遺跡を探索したり、鉱物資源や薬用植物なんかを探して一攫千金を狙う連中の総称だよ。一応、各国にギルドもあって普通の仕事より国境を跨ぎやすいからね」
「ああ、なるほど。で、位置は?」
「王都まであと二日くらいかな。夜間だけ移動して昼間は身を隠してるから」
スリアンは言いながら机上の地図を指さした。南部から王都までの主要道。日中は乗合馬車なども多数行き来するルートだ。
昼間、乗合馬車と一緒に馬車隊を組織して移動すれば安全なルートだけに、わざわざ護衛まで準備して夜間、単独で移動するという異様さが際立っている。
「わかりました。で、どうします?」
「もちろん荷を改める」
「でも、他国でそんな臨検まがいのことをすれば……」
「まあ、多少荒事になるだろうね。だから君を迎えに来たのさ」
スリアンは何でもないことのように言うと黒豆茶をすすってにっこり笑った。
サイはセラヤに頼んで夜明けと共に医者を呼んだ。スリアンが持ち込んだ〝一時的に熱が出るクスリ〟を服用し、高熱を出してベッドに伏せる。
「まあ、疲労とちょっと重めの魔力酔いですな。幼い魔道士見習にはよくあることです。栄養を取ってゆっくり休めば数日で良くなりますよ。それと、回復するまでは魔法は使わないこと。いいですかな」
駆けつけた医者はそう診断すると、念のためと解熱の薬草を処方し、学校規定の療養申請書にあっさりとサインをして帰って行った。申請書はエンジュがすぐに学校の教員詰め所に持ち込み、ついでに魔道士団にも休みのことづけを出した。
「やあー、思ったよりうまくいったねぇ。これで数日は大手を振って部屋にこもっていられるよ」
スリアンが得意そうに言うのを、エンジュは不信感のにじみ出た目つきで睨む。
「まったく殿下は変なモノをお持ちですよね。もしや、とは思いますが、殿下が以前にお風邪を召された時もこのクスリで仮病を装ってこっそりお出かけになったわけではありませんよね?」
「ええ〜、やだなーエンジュ、ボクってそんなに信用ないかなぁ?」
エンジュの追求にあからさまに目をそらすスリアン。その表情から「これはクロだな」とその場の誰もが内心頷いたところで、伝令鳥が窓のよろい戸をつついた。
「馬車の追跡班からです。昨晩の行程はおおよそ前回報告の予想通り。ただ、どうやらこの後は一本西側の間道にそれて王都を目指すようです」
「さすがに堂々と王都に乗り込むことはしないか……でも、これでますますいかがわしくなったね」
エンジュが解読した暗号を読み上げると、スリアンは得心したようにニヤリと笑う。
「それからもう一つ。二台目の馬車には黒衣の若い女性が乗っていたそうです。遠くて人相まではわからなかったそうですが……」
「え? 若い女性?」
スリアンがぽかんとした顔でサイを見る。
「カランタス伯爵じゃないんだ」
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(すいません。朝の時点では途中アップになってしまいました。何度もお越し下さった方には心よりお詫びと感謝を申し上げます)
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