第84話 大魔道士との再会

 校長室の扉を開くと、そこにあったのは六年前のあの日以来、怒りと悔しさのあまり幾度も夢に見た憎き大魔道士の顔だった。


「ゼンプ・ランスウッド! こうべを垂れよ! このお方はサンデッガ魔法庁初代長官にして王立魔道士団相談役、そして当サンデッガ魔道士学校の理事長でもあらせられる王国随一の大魔道士、アルトカル様だぞ。頭が高い!!」


 そう言ってガマガエル校長から強引に頭を押さえつけられる。


「まあまあ、校長、礼儀うんぬんの話はその辺で」


 アルトカルは、鷹揚に頷きながら右手を差し出した。


「初めまして、ゼンプ・ランスウッド君。君が我が伝統ある魔道士学校に入学してくれたことを心から嬉しく思う」

「はっ?」


 途端、ガマガエル校長が信じられない物でも見たようにアルトカルの右手を見やる。


「あの、理事長? こやつは卑しい山岳民ヤーオの——」

「それでも、彼は今この時点ですでに君の所のどの学生よりも優秀なのだろう? 違うかね?」

「そ、それは……」

「この際だからひと言言っておくが、最近君の所から送り込まれてくる魔道士候補の質があまり……いや、かなり良くないぞ。貴族相手の金儲けも多少なら大目に見るが、学校を私物化するのはあまり褒められたものではないな、校長」


 アルトカルに釘を刺され、校長は顔を赤黒くしてサイを睨みつける。

 サイからしてみれば完全な逆恨みなのだが、校長は最初からサイを面倒ごとの塊としてしか認識していない。そもそも叱責の原因になった公私混同の金儲けはすっかり棚に置き、彼の頭には山岳民憎しの思いばかりが膨れ上がってくる。


「しかし、魔道士たる者、やはり品性卑しからざる名家の出でなければ、世間への顔向けができません! ここは一つ——」

「君が言う世間というのは、魔道士という肩書きをただの飾りとしか考えていない貴族連中のことかね」

「!!」


 校長は再び絶句して壮絶な顔でサイを睨みつけた。一方、アルトカルは哀れな小動物を見るような視線を校長に向ける。


「校長、君も我がサンデッガとタースベレデの戦争がもはや避け得ぬ事態であることは認識しているであろう?」

「はっ」

「しかるに、貴重な戦力たるべく期待される魔道士の補充は遅々として進まない。もしもこれが意図したものであるならば、これは重大な利敵行為だぞ、校長」

「はぁっ」


 鋭く叱責され、ついにガマガエルの額からダラダラと脂汗がしたたり落ちる。


「君にはそろそろ教育者としての本道に立ち戻ることを忠告する。二度は言わないからな、校長」


 校長の顔色はもはや死体のそれに近いほどどす黒く変色している。その両手はわなわなと震え、彼のプライドが崩壊寸前であることを伺わせた。


「では、校長は少し席を外してほしい。私はゼンプ君にもう少し話がある」

「はひっ」


 ガマガエル校長は肺から空気の抜けるような返事をするとぐったりと頭をたれ、すごすごと部屋を出ていった。


「あの、よろしかったのですか?」


 サイはさすがに少し気の毒になって思わず聞いた。だが、アルトカルはせいせいしたように明るい笑い声を上げた。


「まあ、彼はある意味では有能なのだが、世の中の変化を少しばかり読み落としているようだ」


 それだけ評すると、気持ちを切り替えるようにパンと両手を打ち合わせる。


「ところでゼンプ君」

「はあ」

「私は君に、私の助手としての役割を与えたい。ああ、無論今すぐに、というわけではないが、どうだね、良かったら、まずは週一日で構わない。魔道士団に出向いて私を助けてはくれないかね?」

「しかし、私はまだ入学したばかりです」


 サイは内心の怒りを必死に抑えながらゆっくりと答える。かつて、同じようにサイを使い、挙げ句に地位も財産もすべてを奪って追放したことをサイは決して忘れてはいない。その上、目の前のこの男は卑劣な手段を使ってサイの大切な婚約者をも奪ったのだ。


「君の優秀な才能についてはさる筋から聞き及んでいる。ペンダス指折りのランスウッド家が君を見出したのもむべなるかな。どうだね?」


 断るのは簡単だ。いや、彼の性格からして、断られることなどみじんも考えていないだろう。

 サイは小さく首を振り、握りしめた両手をゆっくりと開く。


「大変ありがたいお申し出です。ただ、私は経験のとぼしい若輩者です。どれほど大魔道士様のお役に立てるやら……」

「大丈夫だ。かつて君と同じヤーオの少年を使ったこともあるが、彼は大変に有能だったよ。君にも、彼と同じようなオーラを感じる。きっと役立ってくれる」


 アルトカルはサイを誉め落としにかかった。本人なのだから同じようなオーラを感じるのはある意味当たり前だ。

 だが、一歩間違えば正体がバレる危険もある。サイは言葉を選んで慎重に返す。


「ありがとうございます。私のような異民族の身にはあまりにももったいないお言葉です」


「いやいやいや、で、どうだね? 君もぜひ、大魔道士である私の指導のもと、彼のように魔方陣の多重展開技能を身に着けてもらいたい。そのための便宜は魔道士団として充分に図る。君にとっても悪い話ではないと思うが?」


 サイは慎重に計算を巡らせる。

 ヘクトゥースの一件には、ガマガエル校長だけでなく魔道士団が絡んでいる可能性もあるとサイはにらんでいる。だとすれば、この話は調査のため魔道士団に大手を振って出入りするかっこうの名目になるだろう。


「魔方陣の……多重展開?」

「ああ、かつてヤーオの少年ただ一人が成し得た、すでに失われた技能だ。これは、恥ずかしい話だが私ですら安定的には再現できない。恐らく、ヤーオ族の血が鍵を握っているのだと推測しているがね」

「なるほど……」


 魔方陣の多重展開は戦略兵器である気象改変術式に必須のスキルだ。

 アルトカルがその技術を喉から手が出るほど欲しがっているのは彼の表情からも読み取れる。

 よし、ここは話に乗ってアルトカルの懐に入り込もう。サイはそう心を決めた。

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