第四章

第81話 サイ、再び魔道士学校の門をくぐる

「君が? ゼンプ・ランスウッドだと?」


 男は、目の前に立つサイを頭の先から足の先まで、疑わしげな目つきで睨めつけた。


「はい」

「ほう、あの有名なペンダスの商家ランスウッド家に君のような係累があったとは、寡聞にして知らなかったな」


 ぶくぶくに太ったガマガエルのような男が入学書類を机に投げ出して背もたれに体を預け、両足をどかんと机の上に載せてふんぞり返る。

 忘れもしない。この男こそ、六年前、サイを魔道士学校から追放した校長代理だった。

 まさか、そのままのうのうと学校長におさまっているとは思いも寄らず、再会した瞬間、サイは思わず変な声を出してしまった。


「……はい、僕は養子です。魔法の才能があると言われて最近引き取られたんです」


 騎士団に迎えられた経緯を作り話に交えてそれらしく話す。実体験があるおかげで信憑性があったのか、さすがにそこを疑われることはなかった。


「ああ、なるほど。遠からずあるであろう対タースベレデの戦役において、魔道士の必要性は一層増すであろうしな」


 校長はしたり顔でウンウンと頷く。


「さすが目端の利く商人の家柄、今後大陸中で魔道士の需要が高まるであろうことを読んでお前を拾ったんだな。さもなくば、誰がお前のような汚い血の山岳民など……」


 そこまで言いかけて、サイの睨みつけるような視線に気づいてさっと目をそらす。


「まあ、いいだろう。入学を認めよう」


 そのまま入学書類にサインをして乱暴にサイに投げ返すと立ち上がり、もはやサイなど眼中にないとでも言いたげに窓の外に目線を移す。


「ペンダス指折りの商家の名前など背負っていなければ当校の門はくぐらせなかったのだがな。まったく六年前のあいつといい……忌々しいことだ。ま、面倒だけは起こすなよ。ワシが理事長に嫌味を言われるからな」


 校長はそう言って舌打ちをすると、さっさと出ていけとでも言わんばかりに手を振ってサイを部屋から追い出した。


「何なんですか、あの男!」


 校長室の外では、先に入学手続きを済ませたエンジュがプリプリ怒りながらサイを待っていた。一方でセラヤは澄ました表情だ。


「聞いてたの?」


 部屋の中の会話をしっかり把握していることにサイは驚いたが、「それが私の仕事ですから」と悪びれもせずに胸を張る姿にとがめる気も失せた。


「それよりも、エンジュの方は大丈夫だったの?」

「ええ、ランスウッド家の紋章入り紹介状を出したらもう、一発でした。やっぱり大商人の力って凄いものですねえ」


 そう言って、両手を胸の前で合わせて感動している。

 サイの場合はそれでもなおひと悶着あったわけで、相変わらずこの国では人種差別的な思想がはびこっているらしい。


「まあ、エンジュ達が問題ないならそれで良かったよ」


 サイはふうとため息をつく。


「それでサ……ゼンプ様、宿舎の件ですが……」

「ああ、確か大貴族や大商人が使う二間続きの部屋があったはず。前の時は全室空いてたから、寮監に聞いて――」

「それが、寮は一杯なんだそうです」

「ええ?」

「寮監には、外に部屋を探すか、あるいは六人部屋だったら二つだけ空きがあるとか……」

「仕方ない。僕はそれで我慢するから、エンジュとセラヤは――」

「違います。空きがあるのは女子寮だけなんです」

「おかしいな。さっき寮監室の前を通った時に在室札を見たけど、何部屋か札の下がってない空室があったはず。行こう」


 サイは早速先に立って空き部屋になっている貴賓室に向かう。寮監を先に訪ねると色々と言い訳されそうだったので、動かぬ証拠をつかんでから交渉しようと考えたのだ。

 だが、部屋の前に立った時、サイは覚えのあるかすかな残り香に気付いた。


「……セラヤ」

「ですね」


 鍵穴に鼻を近づけて見みると匂いが強くなる。そのことに気付いたサイは回れ右をして部屋から離れる。


「あの? ちょっと?」


 慌ててついてくるエンジュのもの問いたげな視線を無視し、寮の建物を出ると学校の敷地からも出てそのままずんずん歩く。そうしてサイがようやく足を止めたのは、学校の塔を遠くに眺めることのできる高台の広場で、だった。


「セラヤ、喉が乾いた」


 サイがひどく疲れた表情で広場の端にある屋台に目をやると、彼女は無言のまま小さく頷いてそちらに向かった。


「サイ! 一体何ですか? セラヤとだけ。まるで心が通じ合った恋人みたいに!」

「あはは」


 サイはつかれた表情で笑う。


「エンジュはヘクトゥースを吸ったことある?」

「ヘクトゥース? まさか!」


 エンジュは慌てて否定する。


「じゃあさ、さっき貴賓室の前に漂っていたかすかな匂いには気付いた?」

「あ、ええ、何だか少し甘ったるいような……」

「あれね、ヘクトゥースの気化した匂いなんだ」

「え?」

「僕とセラヤはこの前、スリアン殿下の散歩に付き合ってあの匂いを嗅いだ」


 そのまま、疲れ果てたようなしぐさでどっかりとベンチに腰を落としたサイは、無表情に続ける。


「まさか、潜入早々に手がかりが得られるなんて思っても見なかったね。幸先がいいなあ。助かっちゃったよ」


 そう言って笑うサイの表情は無表情を通り越してどこか寂しげだった。

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