第82話 サイ、懲罰房に

 魔道士の持つ魔力はレンジ茶の飲用で底上げできる。

 この話は、サイがかつて在籍した当時も、サンデッガ魔道士学校で学ぶ学生の実技試験前の裏技としてとして広く知られていた。

 だが、レンジ茶は輸入品ということもあって流通量が極端に少なく、しかも非常に高価だった。だから実際にこの裏技を試すことができたのは大貴族の子弟やそのおこぼれにあずかれる数人の取り巻きだけで、本当に魔力が増加したかどうかははっきりしない。

 試験で評価されるのはどれだけ精密に魔力を制御して望む魔法を発動できるか、であって、実を言うと魔力総量はそこまで大きな加点にはならない。

 サイの印象では、試験直前にみずからの魔力総量をいきなり変動させ、結局扱いきれずに自滅した学生の方が多かったように感じている。


(確か……)


 スリアン王子は、レンジ茶にヘクトゥースの成分が含まれていると言っていた。だとすれば、レンジ茶の入手が困難な場合はヘクトゥースでもある程度代替可能ということだ。貴賓室の匂いは恐らく……。


「ゼンプ。ゼンプ・ランスウッド!」

「あ、はい」


 ぼーっとそんなことを考えていたサイは、教官に突然名前を呼ばれて慌てて前に出る。


「できないと思うなら今のうちに申し出ることだ。いいかね?」

「いえ、がんばります」


 学期途中に突然入学してきた新入りの山岳民に向けられる目は冷たい。今日の実技査定にしても、クラスでサイにだけ事前に内容が知らされず、つい数分前にいきなり課題を告げられたばかりだ。

 しかも順番は一番最初ときた。試技も許されず、他の生徒の実技を見て参考にすることもできない。


「熱の魔方陣を構成し、炎を制御してあそこにある標的を焼く、でよろしいのですね」

「ああ、ただし制限時間がある。三分内に陣を完成できない場合、また標的を焼き落とせない場合は不可とする。よいね」

「……はい」


 教官の嘲りの表情に、サイは内心で小さくため息をつきながら標的に向き直る。

 今のサイの実力であれば、無詠唱で一瞬にすべての標的を焼き焦がすことも簡単だ。だが、目立つのが潜入の目的ではない。なるべく平凡な生徒を装う方が動きやすいはず。そう考えて手加減することにする。


「では行きます」


 サイは小声でもぐもぐと形ばかりの呪文をつぶやき、魔方陣を一枚だけ展開すると、一番右端から順に標的を狙って撃ち落とした。もちろん小さな炎ですべての標的にちょこんと焦げ目をつけるのも忘れない。


「終わりました」


 ぼそりと言って振り向く。だが、居並ぶ教官、生徒の表情はサイの予想していたものとはまったく違っていた。


「あれ? 何か問題でも?」


 硬直していた教官がその声にようやく我に返る。


「あ、ああ、ゼンプ・ランスウッド、合格だ」


 言われて一礼し、生徒たちの列に戻る。

 だが、生徒たちは小声でヒソヒソとささやくばかり。


「お前、あれは一体何だ!?」


 と、突然、クラスで一番態度のでかい男子生徒から怒気をはらんだ声で詰問された。


「はい?」

「何で全部の的を焼いた!?」

「え? 言われた通り、端から順番に焼いていっただけですが」

「馬鹿か貴様、俺は一枚の魔方陣で複数の炎撃を出すのがおかしいと言っている。それに発動までの時間があまりにも短すぎる。一体どんなインチキを使った!?」

「え?」


 問われて、はてと首をひねる。

 六年前にサイが在籍した頃、魔方陣一枚で二、三回の効力射を放てる生徒はサイの他にも数名いたはず。確かにちょっとお手軽感を出しすぎた気はしたが、そこまで異常な結果を出したとは思っていなかった。


「おまけに貴様はあれだけの炎弾を放ちながら息切れ一つしていないではないか!」

「してます。息切れ。僕はあまり顔に出ないたちなので」


 こっちは、確かにやらかした。

 魔方陣の構築はそれなりに魔力を使う。顔色一つ変えないのはうかつだった。

 結局、その時間の査定はそれっきり中止になった。サイがすべての標的を焼いてしまったため続行が不可能になったのと、例の男子生徒から不正の告発が出されて授業にならなくなったためだ。





「ワシは、面倒事を起こすなと言ったな!」

「はい。しかし、僕は教官の言われたとおりに術を発動しただけです。特にやましいことをした覚えはありません」


 再びの校長室。

 ガマガエル校長が額に青筋を浮かべてサイを睨みつけている。


「だが、代表生徒から貴様の術に疑惑が提示されておる。調査が済むまでお前は授業に出なくて良い! 自室で謹慎しておれ! 外出禁止だ!!」

「でも、僕は寮に部屋がありません。旅館に帰って大人しくしてるのでよろしいですか?」

「ぐっ!!」


 ガマガエル校長は途端に言葉に詰まる。その様子を見て、寮監に命じてあえて部屋を提供しなかったのは校長本人だ。そうサイは推測した。


「馬鹿者!! それでは懲罰にならん! そ、そうだ! 懲罰房に入れ!」

「僕は何も悪いことをしていないのに、ですか?」

「馬鹿を言うな!! 貴様みたいなやつがあれ程の術を使えるはずがない。不正を働いたに決まっておる」

「いえ、でも」

「やかましい!! おい、こいつを懲罰房に叩き込め!!」


 ガマガエル校長はサイの言い分をまったく聞こうともせず、かたわらに立つ教官にそう命じた。


 

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