第80話 古巣への帰還

「よく来てくれた。若き魔道士よ。私が王直騎士団団長の——」

「やあ、サイ、制服がよく似合っているね」


 団長の訓示を遮るようにサイの眼前にずいっと身を乗り出したスリアンは、そのまま流れるように右手を差し出した。面食らうサイの手を取り、そのままぶんぶんと上下に振る。


「本当はもっとゆっくりタースベレデに慣れてもらおうと思ってたんだけどね。状況があんまり良くないんで、早めに現場に立ってもらおうと考えを改めた」

「状況? 現場?」

「そう、この前の夜の散歩で――」


 そこまで言った所で整列していたカダムとエンジュの顔色がさっと変わる。


「殿下?」

「あー、散歩、散歩だからね」

「まさか、サイを巻き込んだんですか?」

「いや、たまたま、ほら、月がきれいな晩でさ、執務に疲れてちょびーっと馬を走らせてたら夜道で偶然サイの塔が目に入ってさ、それでなんとなく立ち寄ってみようかなって、ね」

「殿下。サイはまだ入団したばかりですよ。少しは手加減して下さい」


 カダムがこめかみを押さえながら苦言を呈する。どうやらスリアンの夜遊び癖は騎士団でも有名らしい。


「あ、僕の方は大丈夫です。殿下には僕みたいな新入りを気にかけて頂いて――」

「サイ、この人相手に無理も安請け合いもしなくていいんだぞ」


 のしのしと最前列に出てきたカダムに肩をがしっとつかまれ、じっと顔を覗き込まれた。


「何か断りづらいことがあったらすぐ言ってください。対処します」


 エンジュがこれまた珍しく心配そうな顔つきで続ける。

 あまりの信用のなさにスリアンは一瞬傷ついたような表情を見せたが、すぐにいつものヘラヘラした笑い顔に戻ると続ける。


「まあ、その散歩でたまたま違法薬物を見つけちゃって……って流れなんだが、拘束した客を取り調べたところ、隣国サンデッガの商人が含まれていた」

「え!?」

「どうやら、ヘクトゥースはサンデッガを経由して我が国に流れ込んでいるみたいなんだ。だが、ゼーゲル連絡事務所のジョンコンによると、サンデッガ国内の裏社会にヘクトゥースが広まっている気配はない。だが、だとすると一体誰がヘクトゥースの流れを仕切っているかという話になる」

「誰なんです?」

「気になるかい? サイ」

「まあ、そうですね。確かに」

「へえ……」


 その瞬間、スリアンはニヤリと笑い、一方スリアンの背後で激しく首を左右に振りながら身を乗り出していたカダムとエンジュががっくりと頭を垂れた。


「では、サイが快諾してくれたので、さっそくヘクトゥース流入経路解明のための潜入作戦を実施したいと思う。サンデッカへの潜入要員はサイ、エンジュ。連絡及び随伴要員として塔のメイドのセラヤ、バックアップにカダムってところでいいかな」


 爽やかな顔でそう言い放つスリアンの後ろでカダムが右手で顔を覆って天を見上げ、エンジュもまた両手で口を押さえて絶望的な顔をしている。


「あ? え?」


 いきなり話がものすごい勢いで決まって混乱するサイ。


「あれ? 何でそんな話に?」

「だから言ったじゃないか!! 安請け合いはするなって!!」

「あれ?」

「……ところで、そろそろ私の存在も思い出していただけるとありがたいのですが」


 憮然とした顔でスリアンに文句を言う団長の困ったような口調が妙にサイの記憶に残った。





 そのまま騎士団長室に移動し、なし崩し的に潜入作戦のつめが行われた。

 サイはゼンプ・ランスウッドと名前を改め、新入生として古巣である魔道士学校に入学し、エンジュもサイの付き添いとして同じ学校に編入することがスリアンから告げられた。どちらも商業都市ペンダスのランスウッド家からの紹介状付ですでに正式な留学手続きを進めているとのことで、サイはさすが大国の王族の手配力ごりおしだと内心ため息をもらした。


「ペンダスのランスウッド家は元々ボクの古巣だからね。二つ返事で協力を約束してくれたよ」


 スリアンは自慢げに言う。


「そういえば、確か殿下はランスウッド家からの養子で王宮に入られたんでした——」


 何気なく言いかけたところで、サイは目の前のスリアンが渋い顔をしているのに気づく。


「ス・リ・ア・ン」

「しかし、殿下」

「名前で呼んでくれないと口をきかないって言ったよね」

「でも、ほら、世間体というものが」

「このメンツなら問題ない。だろ? 団長、カダム、エンジュ」


 と、一同を見渡すスリアンに、団長がひげをしごきながら驚きの声を漏らす。


「これはまた、わずかな間にえらく仲がよろしくなられたようで。殿下が名前呼びを許すなど、恐らくティトラ以来じゃありませんか?」

「まあね。君たちが全然乗ってきてくれないから」

「また無体なことをおっしゃる。まあ、サイの言うとおり、どこでもという訳には参りませんが、私どもであれば構いませんぞ」

「だって、ほら、サイ」


 じっと見つめられて妙にドギマギしてしまう。この人は他人との距離感がちょっとおかしい。サイはそう結論する。


「……変ですよ、スリアン」

「なっ!」

「まあ、その点だけは俺たちも同意だな。なあエンジュ」

「私を巻き込まないで下さい。まあ、その見解を否定はしませんが」


 こうして無事対スリアン被害者同盟が結成されたところで、サイの古巣への帰還が確定した。

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