第79.5話 閑話 〜出仕の準備〜

 魔女の塔で暮らすようになって三日目、騎士団から呼び出しの使者が来た。

 当初、半月程度は出仕に及ばず、身の回りの整理を優先するようにという指示だったが、それが一週間ほど早まった。

 だが、夜な夜なスリアンがやって来ては面倒ごとに巻き込んだり、夜中過ぎまで話し込んでいったりと慌ただしく、いまだにほとんど何の準備もできないままだ。


「ところでサイ様、騎士団の制服はもうご準備なさいましたか?」


 セラヤがテーブルに紅茶を置きながら、ふと、といった様子で聞いてきた。


「えっ!! あれって自分で準備するモノなの?」

「通常は支給されると思われますが、サイ様の場合、この通りのちんちくりんでございますから、恐れながら支給品ではサイズが合わないかと」

「……傷つくなあ。年齢の割に小さいのは認めるけど。もう少し別の言い方はない?」

「失礼しました、御身が芥子粒けしつぶのようでございますので——」

「余計酷くなってる!! 僕だって好きでこんななりをしてるんじゃないんだよ! 本来もっと——」

「もっと?」


 サイはソファの手すりをパンパン叩いて抗議するが、セラヤの表情に変化はない。

 スリアンと三人で悪者退治さんぽに出て以来、セラヤは何かというとこんな風にサイをいじってくる。シリスはもう少し距離があるので、親しさの表現と思えばまあ我慢もできるものの、もう少し手加減して欲しいのが本心だ。


「判った、じゃあ事情を説明するからシリスも呼んできて」


 二人とも自分に仕えてくれている以上、もう少し自分の事情も打ち明けておこうと思ったのだ。今のところサイの姿に関する特殊な状況は女王と王子、カダムとエンジュのあわせて四人しか知らない。


「それには及びませんよ。私に言っていただければ彼女にも伝わります」

「ああ、伝言してくれるのは嬉しいんだけど、やっぱり直接説明したいなと思って」

「ええ、ですから、私セラヤにご説明いただければ、そのまま同時にシリスにも伝わります」

「は? え? もしかしてそれって」

「ええ、言葉通り、私たちは幼い頃から、思考や記憶の一部を共有しています」

「ええ、そんなこと? なぜ?」

「理由はよくわかりません。でも、双子の間で虫の知らせが伝わるなんて話、昔から掃いて捨てるほどあるのでは?」

「でも、それと今の話って、規模というか、精度が違いすぎない?」

「ええ。でも、以前魔女からうかがったお話では、シュリ……何とかいうネコが毛糸にもつれると——」

「シュレディンガーの猫!!」

「あ、ああ」

「それってもしかして〝量子もつれ〟じゃないか?」

「あー、確かそんな名前の猫でした。でも、猫が毛糸玉にじゃれつく話と私たちがどう結びつくのか良くは判りませんでしたが……」

「あー」


 サイは上を向いて思わず気の抜けた声を出した。

 理彩の所にいる頃、衛星シンシアと自分の間で、なぜ心で考えただけで意思疎通ができるのかが不思議で色々と調べたことがある。高校図書館の蔵書程度では大したことは判らなかったが、人間の意識が実は〝量子〟とかいうもののふるまいで説明できること、そして量子もつれという現象を使えばどんなに離れた場所とでも瞬時に情報を伝えられる可能性があることを知ることができた。

 だとすれば、魔法結晶と衛星はもちろん、あるいは魔法結晶同士でもうまく波長が合えば意思疎通ができるのではないだろうか。ましてそれが双子なら……


「君達二人が、幼い頃からおそろいで持っている物とか、ない?」

「ああ、それなら……」


 セラヤは襟元に手をつっこみ、細い鎖の先に小指の爪ほどの小さな三角形の宝石がついたネックレスを取り出した。ピンク色の宝石は澄んでいるものの、剥き出しで枠にも入っていない。だが、よく見ると魔法結晶と同じような光の粒が内部にうっすらと見える。


「これは、母から私達二人に贈られた魔除けのお守りです。いつ、いかなる時も決して手放さず、肌身離さず持っておくようにと」

「……なるほど」


 サイは、理彩の世界での経験を経て、この世界にもシンシアのような魔法支援衛星が飛んでいると、ほぼ確信していた。魔法は魔法結晶と衛星のペアで発現できるもので、ここの魔法衛星は、理彩の世界のシンシアと比べてもはるかに強力で、広い範囲にサービスを提供しているらしい。


「いいお守りだな。たぶん、そのネックレスが二人の心をつないでいるんだと思う」

「はあ……」

「お守り、大事にしなよ」

「わざわざ言われなくてもそうします」


 口調は相変わらずつっけんどんだが、お守りを褒められて嬉しかったのか、セラヤの口元は少しだけ緩んでいた。


「で、説明と言うのは?」

「ああ、そうだった。実は僕、見た目通りの十才じゃない」

「は?」

「傷だらけで死にかけていたところを女神に助けられて寿命を巻き戻してもらったんだ。その時に時も越えたから、正確に言うと今年は生まれてからええと……二十二年目なんだ」

「……」

「あれ、どうした?」

「……それだけですか? 正直がっかりです」

「え?」

「えらくもったいをつけるから、よっぽど大した秘密だと思うじゃないですか。それがその程度の……サイ様の年齢が見かけ通りじゃないことなど、とうの昔にわかっていましたよ」

「え、どうして?」

「こんなおっさん臭い十才なんてあり得ません」

「あ」


 一言で切り捨てられ、サイは衝撃ショックのあまり口から魂が出そうになった。


「それに、あの恐ろしいほどの数の魔方陣を展開……いえ、ヘクトゥース窟であんなやーらしい光景を見ても眉一つ動かしませんでしたし、たとえ相手が狂戦士といえ、人の意識を刈ることにあまりに躊躇ちゅうちょがなさ過ぎました」

「あ、ああ」

「これで本当に十才だとしたら、一体どんな修羅場をくぐり続けてきたんだと思います。戦闘経験値が高すぎです」

「ああ、なんだか……ありがとう」

「何で〝ありがとう〟と? 私は全然褒めていませんよ」


 セラヤはつーんと横を向くと、椅子のクッションをポンポンと払う。


「ほら」

「え?」

「こっちに来て、ここに座って下さい。肩幅を測るんです」

「え?」

「最初に申し上げましたよ。制服をお作りいたします。このままでは裸で騎士団に出仕する羽目になりますよ」

「いや、裸はないと思うけど」

「フフッ」

「うん? どうしたの?」

「いえ、以前魔女様がいらっしゃったときにも、よくお茶を飲みながらこういうとりとめのないお話をしたなぁ、と思いまして」


 セラヤはそう言って、もう一度楽しそうににフフッと笑った。




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