第79話 サイ、突入する
「なんだてめえら!!」
スリアンは片手剣、サイは忍者刀もどき、そしてセラヤは戦杖と、三者三様の武器を構えて階段を降りていく。と、体中に傷あとのある筋骨隆々の男達が凄みながら立ち上がり、剣の柄に手を添えてサイ達の行く手を阻んだ。
「サイ!」
「はい!」
名を呼ばれるよりも早く、サイは男達の首の後ろに精密照準用の多重魔方陣を展開し、おのおのの延髄めがけて錐のように細く絞り込んだ電撃を叩き込んだ。
スリアンの事前の説明では、用心棒達もヘクトゥースを飲用している可能性があるという。こちらの言うことなど
安全に制圧するには、相手がこちらに気づいた瞬間に確実に意識を刈り取る必要があった。
脳から足の爪先まで麻痺させる高電圧に、ならず者達は天井から見えない糸で吊られたように一瞬棒立ちになり、サイがパチンと指を鳴らした瞬間、声も上げず折り重なってその場に倒れこんだ。
「ごめんよ」
サイの背後でセラヤがすうっと息を飲むのが気配でわかる。
「無力化しました! どうぞ!」
サイの声にスリアンは小さく頷きを返し、先頭に立ってさらに先に進む。
部屋の奥から漂ってくる甘ったるいよどんだ空気はねっとりとサイに絡みつき、サイは思わず眉間にしわを寄せてスンスンと鼻を鳴らした。
「サイ、駄目! 息を浅くして! この匂いはあまり吸いこまない方がいい。ヘクトゥースの蒸気だ!」
サイは目を丸くすると、息を止めてコクコクと頷く。さらに進むと、廊下の突き当たりに再び扉が現れた。扉には手のひらほどの大きさの覗き窓があり、ちらちらと揺れる黄色い光はその向こうから漏れてくる。
「見て!」
スリアンの手招きで慎重に覗いて見ると見るからに高級そうな衣服を身にまとった貴族の男たちが数人、地下室のあちこちで長椅子にだらりと横たわり、シャツの襟元を緩めて恍惚の表情を浮かべていた。
ほとんど下着姿と言ってもいいほど肌を露出した若い女達がそれぞれにはべり、男達に体を弄られるまま、媚びるようなだらしない薄笑いを浮かべている。
「ヘクトゥースは直接飲むと狂戦士化するんだけど、あんな風に燻した煙を水パイプでだらだら吸うと、
小声で解説するスリアンの頬がピクピクと引きつっている。
自分の国の、それも女王の膝元で、国を傾けかねない痴態が夜な夜な繰り広げられているのが許せないのだ。
「どうします?」
「本当はみんな殺してやりたいくらいだ。でも、クスリの入手経路を暴きたい。さっきみたいに全員無力化できるかい?」
サイは返事代わりに右手を軽く掲げ、空中にいくつもの多重積層魔方陣を浮かべた。
ゆっくり回転しながら青白く輝く多重魔方陣を濁った目で見上げた貴族達は、その意味に気付く間もなく次々と意識を刈り取られていく。
と、術を行使するサイの右手で戦杖を油断なく構えていたセラヤが突如サイの頭めがけて戦杖を突き出した。
「ひえっ!!」
ブンという唸りをともなって突き出された戦杖は、慌てて首をすくめたサイの髪の毛をかすめ、その背後で剣を振りかぶっていた残党の顔面にヒットした。
「グワッ!」
鼻を潰された男は、踏まれたカエルみたいな声を上げてのけぞり、そのまま背後の壁に後頭部を強打して崩れ落ちた。
「間一髪でしたね。サイ様はもう少し身の回りに気を配られた方がよろしいのでは?」
「何言ってんの!! 今、僕の顔も粉々になりそうだったよねっ! ねっ!?」
「はて、そうでしたか?」
猛抗議するサイに対し、セラヤは頬に人さし指をあて、コテンとあざとく首を傾げて見せる。
「やはり記憶にありませんね。気のせいでは?」
「絶対違う。確信犯だろっ!!」
「まだ残党がいるかもしれません。気を引き締めて参りましょう」
「うーっ!」
だが、その後地下の隅々まで捜索してもそれ以上の反撃はなかった。
貴族たちがだらけていた隣の小部屋に人の気配だけが残っていたが、すでに人影はなく、ホコリまみれで普段は使われていないであろう裏の通用口が開け放たれ、ひんやりとした夜の空気が吹き込んでくるばかりだった。
「どうやら、逃げたのはあのヘクトゥース窟の支配人らしい。残念ながら、床に散らかった数枚のメモ以外に証拠らしい証拠も残っていなかった」
翌日の夜。再び一人で魔道士の塔に忍んできたスリアンは、悔しそうな表情でそう報告した。
「顧客リストか、あるいは組織図でもあれば一網打尽にできたんだけどな」
「仕方ないですよ。過ぎたことを悔いてもどうしようもないですし。次は雪辱を果たしましょう」
サイが何気なくかけた慰めにスリアンは無言で顔を伏せ、小さく肩を震わせた。
「あー、スリアン? 何も泣くほどのことでは――」
だが、そう言ってサイがスリアンの肩に手をかけようとした途端、スリアンはガバっと顔を起こし、サイの伸ばした右手をガシッと捕まえた。
「次は……次って確かに言ったよね、サイ!」
そのまま背中から抱え込まれるように抱き寄せられながら、そう言うスリアンの顔には満面に喜色が溢れていた。
「あー、その、ちょっと暑苦しいですよ、スリアン」
しまった。言葉を間違えた。
サイがそう気付いたときにはもう遅かった。
助けを求めて周りを見回すが、扉のそばに控えていたセラヤは、肩の位置で両手を広げ、もはや手遅れといった表情で首を横に振っていた。
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