第77話 サイ、悪者退治に誘われる

「悪者?」

「そう、タースベレデ国内に違法薬物を持ち込んだ奴らがいる」

「違法薬物?」

「そうだ」


 スリアンはそう言うと、いまいましげに顔をしかめ、足を組んで背もたれにどっともたれかかった。ヘラヘラ笑っている時には気づかなかったが、よく見れば、その顔にはじっとりと疲れがにじんでいる。恐らく姿を見せなかった数日間、潜入調査でもしていたに違いない。


「ドラク帝国の滅亡からこっち、オドリクサから作られるヘクトゥースという薬物が裏社会でだぶついててね、それをウチの国に持ち込もうとしている悪い奴がいる」

「へえ。麻薬みたいな物かな?」

「そんな生やさしい物じゃないんだよ。大昔の人魔大戦で最強の戦士を作り出すために作り出されたといういわくのある悪魔の薬だ」

「ええ?」

「この薬を大量に飲まされた戦士は自我を失い、一度命じられれば死ぬまで戦う狂戦士バーサーカーになる。何度も飲むうちにもっとたくさん飲みたくなり、飲めば飲むほど狂う。最後には一切の制御を受け付けず、人間性すら失ったどう猛な魔獣と化す。そうなればもう……」


 スリアンは言葉を切り、長いため息をついた。


「でも、そんな危険な薬、一体何のために?」

「難しいんだ。ごくごく少量の飲用では、兵士の体力を引き上げ、疲労を軽減すると言われている。魔道士だって無関係じゃないんだぞ。魔道士が好んで飲むレンジ茶っていう飲み物がね――」

「まさか!!」


 サイは驚いて目を見開いた。


「最近分かった話だけど、レンジ茶にもオドリグサから抽出した成分が含まれている」


 サイは魔道士学校時代を思い起こす。

 サイ自身は必要性を感じず、またとても高価だったこともあって手を出さなかったが、合格ラインギリギリの貴族の子弟が試験前にがぶ飲みしていたお茶が確かそんな名前だった。


「飲めば確実に魔力を引き上げてくれると言われてまったく惹かれない魔道士がいるかな?」


 サイは無言で首を振った。


「ただでさえ戦争の気配が迫ってる。戦場での活躍を望む兵士にとっては夢の薬に見えても不思議じゃない」

「確かに」

「……後は移動しながら話そう。来てくれるね」


 サイは無言のまま大きく頷いた。





 階下の納屋に停まっていたのは騎士団の戦闘馬車よりさらに小型の、鋭角的なデザインの一頭建て馬車だった。御者は一人、後席にはふたりしか座れず、最後部には大きなトランクケースがしつらえられている。

 前面と側面の上半分は玻璃の板で覆われ、例えるなら理彩の世界にあった戦闘ヘリの機首部分をもぎ取ってくっつけたような感じだ。車体の色はつや消しの黒。扉には紋章のたぐいも描かれていない。


「もしかして、これも?」

「ああ、一時期魔女が使っていた。あの子の鉄馬は早いけど、無理しても二人しか乗れないし荷物もほとんど積めなかったからね」

「へえ」

「そうそう、これ」


 スリアンは後部のトランクを開き、中から細身の剣を取り出してサイに手渡す。レイピアほど細くもなく、例えるなら直刃にした小太刀といった感じだ。これもほとんど飾りらしいものはなく、鞘はつや消しの黒。柄の部分は黒っぽい樹脂でコーティングされている。


「これならサイくんの今の体格でも振れると思う。魔女トモコの世界の忍者刀を参考にしたって聞いている」


 道理で、妙に既視感がある。


「あとこれも着てね」


 手渡されたのは、上半身に加え肩から上腕を覆うプロテクターのような物。この世界の武具商で売られている鎧よりはるかに軽く、動きやすい。


「まあ、見ての通りの軽鎧」

「これも魔女の?」

「いや、これはこっちのだ」

「え? でも、どう見ても……」


 理彩と一緒に見たテレビ番組で目にしたものに形がよく似ている。確か、警察の特殊部隊が着用していた。


「不思議なほど新しく見えるけど、神々が身につけていたとされる大昔の遺物アーティファクトだ。王家ウチの家宝だよ」


 その瞬間、袖を通そうとしていたサイはピタリと動きを止める。


「いや、殿下、前にも言いましたけどそういう貴重品をポンポン僕に渡さないでくださいって」

「え、何で?」


 だが、スリアンは訳がわからないといった表情で逆に尋ねてくる。


「君は王直騎士団ウチの貴重な戦力なんだよ。その上、今晩のこれは騎士団の正式任務ですらない。ボクが個人的に無理をお願いしてるんだ。身を護るためなら家宝だろうが何だろうが使えるものは使うのは当然だろ?」

「いえ、でも、孤児で異民族の僕に王家の家宝なんて恐れ多いっていうか……」

「何言ってるんだ! 身分なんて関係ない!」


 スリアンが突然大声を出した。

 サイはいつもニコニコ、というかヘラヘラ笑っているスリアンしか知らないので、彼が怒った顔をこの時に初めて見た。


王家ウチだって、数世代遡ればただの行商人だよ。ブラスタム山脈のあっちとこっちを行き来して日銭を稼いでたしがない担ぎ屋の旅商人に過ぎない。むしろ君たちヤーオの方が遥かに卑しからざる来歴があるじゃないか。それが何だよ。身分とか家柄とか民族とか。ボクは、並外れた技能を持つ魔道士のサイくんを見込んで話をしてるんであって、君の髪色や立場に話をしてるんじゃない」

「すいません! 殿下」

「その、殿下ってのもやめてもらおう。ボクの名前はスリアンだ。この名前は、さっき君が褒めてくれたばかりだろう? そんなよそよそしい呼び方しないでくれよ」

「じゃあ……スリアン……様?」

「〝スリアン〟だ。呼び捨てしてくれなきゃもう口聞いてあげないからね」


 サイは内心頭を抱えた。

 この王子がこじらせるとこれほど面倒くさい性格とは正直予想外だ。

 だが同時に、理彩に続いて雇い主に恵まれた幸運に心から安堵していた。


「わかりましたよ、スリアン。後で不敬罪だとか言わないで下さいね」


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