第76話 サイ、深夜の訪問を受ける

「シリスです」

「セラヤです」


 初対面でそう自己紹介をした二人のメイドは、共に短めのボブカットに整えられた明るいブラウンの髪に薄いブラウンの瞳、そして大陸北方の民にしてはかなり珍しい、うっすら日焼けしたような小麦色の肌で、ぱっと見には見分けがつかないほどよく似ていた。


「もしかして、君たちも移民、とか?」

「ええ、タンギール砂漠の南、ユズキオアシスの出身です」

「へえ、なるほど」


 サイはふうんと納得の頷きを返す。

 この国では、サンデッガとは異なり移民や異民族も差別や分け隔てなく仕事にありつけるらしい。ミスターゴールド、いや、多分タースベレデの王子がここまでの道中、自慢そうに話していたことは本当だった。


「ところで、ご主人様はヤーオ族でいらっしゃいますか?」

「いやいや〝ご主人様〟はやめて!」


 照れくささに体をよじりながらサイは慌てて制止する。


「まあ、こんな見た目なんで。多分そうだと思うけど、孤児なんで良くわからない。まあ僕のほうが年下だし、あんまり堅苦しくしないで、よろしくね」


「「かしこまりました」」


 二人はきれいに声をそろえると、まるで機械じかけの人形のようにきっちり同じ角度で同じ時間だけかしずいた。


「すごいな。もしかして双子?」

「はい」

「です」

「で、あの、ヤーオの主に仕えるのって大丈夫? なんとなくやだなあとかない?」

「以前のご主人様も黒髪、黒目でいらっしゃいましたので……」「……特に偏見はございません。ご安心下さい」

「あ、もしかして?」

「はい、雷の魔女様……」「……です」


 どうやら、二人はこの塔専属のメイド達らしい。サイはそれを聞いて小さく安堵の息をついた。

 そんな二人に左右からかいがいしく給仕を受けるという、サイ史上最高に肩の凝る夕食をとった後、当たり前のように入浴の世話もするという二人から逃げ出して私室に駆け上がり、ようやく一人きりになった。


「ふう、慣れないな」


 こうしてこまごまと人に世話をされることは生まれて初めてでどうしても気後れしてしまう。

 

「生まれつき王族や貴族の生まれだったら特に何とも思わないものなのかな」


 だったら多分、自分は永久に慣れることはないだろうなとサイは自嘲じちょう的に笑い、改めて広い部屋を見回す。

 この部屋はかつて雷の魔女の私室だったと聞かされていたが、サイの採用にあたってベッドやクローセット、ソファセットのような大物の家具もすべて入れ替えられたと聞く。隅々までチリ一つなくきれいに整えられ、前住人を思わせるような物は何も残されていなかった。


「ホントに。僕一人にこんなにお金かけちゃって大丈夫なのかな」


 思わずつぶやきがもれる。


「まあ、これに見合うだけの働きをしろよって言うプレッシャーなんだろうけど」


 と、自分なりに落とし所を見つけてどうにか納得したところで、ドアに控えめなノックの音が響く。


「はい?」

「ご主人様、お客様がお見えです。お通ししてもよろしいでしょうか?」

「あ、はい」


 夜も遅い、というよりはそろそろ深夜に近く、他人の家を訪問するには非常識な時間だ。にもかかわらず双子があっさり通したということは、およそ彼女たちでは抗いにくい高位の人物か、あるいは、とてつもないやっかいごとの予感がする。

 やがてドアを抜けて入ってきたのは、予想通り高位でしかもやっかいな人物だった。


「あ、殿下」

「ええっ! なぜ殿下? どうしてばれてるの?」


 驚いた表情で固まっている王子ミスターゴールド


「ばれてないと今まで思っていたことがびっくりです。エンジュなんかずっと普通ナチュラルに殿下呼びしてたじゃないですか」

「あー、確かに。あんまり自然なんで忘れてた。なんだよー、いきなり正体を明かして驚かそうと思ってたのに」

「いいですよ。そんなサプライズいりません。それよりもいい加減本当のお名前を教えていただけないですか?」

「……あー、まあ、そうだね」


 途端にしょぼんと肩を落とす王子。


「スリアンだよ。スリアン・パドゥク・タースベレデ。どうだい、つまんない名前だろ?」

「別につまんないことはないでしょう。遊び人の誰かさんよりはるかに王家の血族らしい格好いい名前ですよ。少なくとも、ヒノキの小枝でサイプレス、なんてお手軽な名前よりよっぽどいいと思いますけど」

「そうかなあ。自分の名前の由来が語れるって楽しいと思わない?」

「まったく思いません」

「そっかぁ。まあ、名前に関してはお互い思うところがあるってことでいいか」


 スリアンは自分一人で勝手に納得したように頷くと、ソファにどっかりと座りこんだ。サイは彼が一体何の用でこんな深夜に訪ねてきたのか判らず、探るように聞いてみる。


「……あの、良かったらお茶でも用意してもらいましょうか?」

「いや、この時間じゃさすがに彼女シリスたちに悪い」

「……僕には悪くないんですか?」


 サイが憮然とした表情で尋ねると、スリアンは弾けたように笑い出した。


「いいなあ、こういうやりとり、懐かしいよ」

「ああ、もしかして雷の魔女ともこんなやりとりを?」

「そう。今夜みたいに突然訪ねてきてもちゃんと応対してくれたよ。ブーブー憎まれ口を叩きながらね」

「……殿下、特殊性癖か何かお持ちですか?」

「あはははっ! 君らの世界の人間はみんなこんなに面白いの?」

「ああ、もう、面倒くさいですね。結局何のご用でお越しなんですか?」

「うん」


 スリアンは笑いすぎて目に涙を浮かべながらようやく頷くと、突然真顔になって言った。


「サイ、今から僕と悪者退治に行こう」

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