第75話 サイ、王直魔道士になる
「確かにあの張り紙は妙だったな」
カダムも同意の頷きを返す。
「人をやって調べたが、サンデッガにおいて、サイは間違いなく死者の扱いだ。墓だってあるし、村役場の郷民登録簿も魔道士学校の記録も同じだ。なのに一向に捜索をあきらめないのは、お前さんが生きているというよっぽどの確信があるとしか――」
「ええ! そんなところまで調べたんですか? よその国なのに!?」
「
カダムは胸を張ると自慢そうに鼻の下を指でこする。
「なんでカダムが偉そうなんです? 調べたの私ですよ」
エンジュが不満そうに頬を膨らませると後を引き継ぐ。
「カランタス伯爵家はサンデッガの南部に広い所領を持つ古くからの貴族です。しかし、ブラスタム山脈の鉱山事業で失敗して大きな借金を抱え、今や伯爵位も返上寸前という感じですね」
「南部というと、ゴールドクエスト司祭の……」
「ええ、あなたの出身孤児院もその領内にありますね」
エンジュは大きく頷いた。
「ですから、最初はサイが伯爵家ゆかりの人間ではないかと疑いました。伯家の使用人がヤーオ族で、意にそぐわず授かった子供を持て余して司祭に託したものの、今になって必要になった、とか」
「必要?」
「ええ、あの家は後継者がいないんですよ」
「子供が?」
「そう。数年前に養女をとったという不確かな情報はありますが、サンデッガは女性の家督相続を認めてません。もちろん、新たに男の養子を取ることもできますが、血のつながりのある者にこしたことはありませんからね」
「は? でも僕は異民族の――」
「戦争の機運も高まってます。たとえヤーオの血が混じっていたとしても、魔道士として戦場で卓越した活躍をすればお家は安泰……と考えたのでは?」
「僕が、伯家の血縁?」
「ええ、個人的には
「なーんだ」
「しかし、だとすればなぜか、という……あ、伯爵令嬢がこの件に関わっているというあやふやな噂もありますが……」
「お前たち、噂雀のようなやり取りはやめてそろそろサイを宿舎に連れてゆけ。いい加減サイも疲れているだろう?」
延々と続く噂話に女王が割って入る。
「で、サイ、念の為もう一度聞くが、王直の魔道士として妾に仕える気は――」
「はい! あります! ぜひ! どうぞよろしくおねがいします!」
慌てて喰い気味に返事を返すサイを見て、女王はにっこりと満足そうな笑みを浮かべた。
「お前さんの部屋はここだな」
王都に戻り、サイが案内されたのは、
他の騎士団のメンバーの宿舎とは練兵場となる広場を挟んだちょうど反対側に、まるで使い古した鉛筆を立てたようにぽつんと建っていて、食堂や講堂とも離れているので微妙に不便だ。
「一人部屋でいいんですか?」
「ああ、魔道士はそうそう数がいないからな。ここは少し前まで雷の魔女が使っていた部屋なんだ。作りは古いがしっかりしてるし、掃除は行き届いているはずだから」
「じゃなくて、新米が一人部屋とかって、何だか偉そうで……」
「ああ、そっちの心配か」
カダムが苦笑する。
「ウチに魔道士と同じ部屋に住みたがる物好きはいないよ。以前、ちょっと頭のおかしな魔道騎士がいてな、新魔法の実験とかで真夜中に宿舎を吹っ飛ばしやがった。それも二度も、だぞ」
「ええ〜」
「そいつが派手にやらかして以来、魔道士は極力一般隊員と隔離すべし、っていうのがウチの不文律になってる」
「……雷の魔女も、ですか?」
「ああ、トモコははそいつよりはおとなしかったが、その代わり女王や王子の特別任務でしょっちゅう深夜や早朝に出入りしてて落ち着かなかったし、あいつしか乗れないちょっと変わった乗り物をしまう場所も必要だったんで、ここの方が何かと都合がよかったんだ」
カダムはそう言いながらがらんとした
サイも、鼻を上向けてクンクンと匂いを嗅いでみる。厩という割にずいぶん長く馬は飼われていないらしく、内部にあの独特のすえた動物臭はほとんど残っていなかった。代わりに、ろうそくやランプの燃えたような何となく焦げ臭い匂いがうっすらと漂い、掃き清められた床にかすかに残る油染みの感じからして、魔女の使っていたのは理彩の世界でオートバイと呼ばれていた二輪の乗り物だと想像する。
「で、あの隅のらせん階段から最上階の三階に上がるとそこがお前さんの個室になっている」
「三階? 外から見るともっとあるような……」
「ああ、四階、五階は塞がれてる。で、二階には、使用人部屋と浴室、食堂。あと、厨房の隅にこういう感じの……」
と、カダムは棒状の何かをカクカクと上下させる動作をする。
「……くみ上げ井戸と、小さなかまどがある」
「使用人部屋? 浴室?」
「ああ、王直騎士や魔道士は一代貴族に準じる扱いだ。サイのように所領や使用人を持たない場合、国から国選
「何だって!! いや、贅沢が過ぎるでしょ。いらないですよ
「馬鹿、お前さんの監視と警護も彼女たちの仕事の一部なんだ。それを断るって事は、やましいことがありますって言って歩いているようなもんだぞ。いいから素直に受け取っておけ」
「は、はあ」
釈然としないまま、サイは頷かざるを得なかった。
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