第74話 サイ、女王に謁見する
それから一時間ほど後。
砦の一室では、サイと女王が向かい合って座っていた。
タースベレデ王国女王、セイリナ・パドゥク・タースベレデ。
交易民たちの緩やかな連合体を独立国家としてまとめ上げた父王の亡き後、その優れた商売の手腕と卓越した政治センスでタースベレデを大陸北方一、二を争う強国に押し上げた強き女王だ。
美貌としなやかさを兼ね備え、二人の娘を生んだ後も、その若々しさは幾分も失われていない。
そんな女王の隣では、カダムが腕組みをしたまま苦虫をかみつぶしたような顔つきでサイをにらみつけている。
一方、サイの隣に座るエンジュの表情は普段の不機嫌面が嘘のように明るかった。と、不意にエンジュは何かを催促するようにカダムに向かって手を差し出した。
「ほら、カダム、早く」
「ちっ! まさか全滅するとは」
カダムはさらに苦い表情になると、エンジュの手のひらに金貨を一枚落とした。
「なんだ、お前たち、賭けをしていたのか」
女王が目を細めておかしそうに尋ねる。
「ええ。まさかサイが勝つとは思いませんでしたよ。だって、あの人数差ですよ」
カダムは、呆れたように両手を広げて肩をすくめる。
「雷の魔女だって最初は三十人抜きすらできなかったんです。まさか三百対一で……それにサイ! お前さんどうして治療師まで――」
「だって、演習場の全員を無力化しろって言ったのはカダムだよ」
サイは心外だなあという表情で口を尖らせた。
「だからといってなあ……それにしてもエンジュもエンジュだ。お前、普段はさんざんサイのことをこき下ろしているくせに、どうしてこういう時だけこいつの肩を持つんだ?」
そうか、普段からけなされてるのか、とサイが凹んだ所で、エンジュは、悪びれもせずすました顔で答えた。
「私はサイの不甲斐のなさを諌めているだけで、別にそこまで嫌っているわけじゃないですから」
「えっ、本当ですかぁ?」
「ほら、そういう所が情けないと言ってるんですっ!」
エンジュは、捨てられた子犬のような表情で見上げるサイに向かって、まなじりを釣り上げガーッと文句を言うと、一転、襟元を右手で押さえて背筋を伸ばし、小さく咳払いをした。
「それに、サイはトモコの同郷ですよ。普段は不甲斐なくてダメダメでも、いざ戦闘になったら負けるわけないと思いました」
普段はダメダメなのか、とサイが再び凹んだ所で女王がコホンと咳払いした。
「さて、お前たちがじゃれているのを見るのもなかなか興味深いが、話はサイ・ヒエダ、お前のことだ」
途端にカダムとエンジュは顔を赤く染めて背筋を伸ばした。
「かつて、トモコは一対一の対人戦でより強くあろうとした。旧来からの騎士の
そう言って少しだけ遠い目をした。
「一方でサイ、お前の戦い方はまた違う。国対国の軍隊がぶつかり合う大合戦でこそ、お前の強さは
「「「はい」」」
女王以外の三人は神妙な表情でうなずいた。
「時にサイ、今回のような戦いが数倍、数十倍の規模で再現されるなら、お前は同じように敵を無力化し得るかな?」
女王に問われてサイは考え込んだ。
「経験がないので確実なことは言えません。でも、感覚的には今の十倍くらいまでならなんとかなるのでは、と……」
「となると、三千か……」
「それ以上だと、精密な制御は無理です。多分相手を殺してしまいます」
「ふむ。回数はどうだ?」
「今すぐ今日のようなことをやれと言うなら、恐らくもう一回が限度です。規模がこれ以上大きいと、一回で魔力が枯渇します」
「ポーションによる賦活は可能か?」
サイはエンジュとはっと顔を見合わせ、気まずそうにうつむいた。
「すいません。僕はポーションを飲めません。
「ふむ」
言葉尻を濁して黙り込むサイを見て、女王は小さく鼻を鳴らす。
「トモコにしてもお前にしても、どうも魔道士というものは繊細なのだな。……まあ、それはよい」
女王は姿勢を正して小さく咳払いをすると、テーブルに用意されたティーカップに口をつけて一息つく。
「して、カダム、エンジュ。サイはどうだ? お前たちの同僚として迎えるに値するか?」
「「はい」」
「背中を任せるに足るか?」
「「充分に」」
「ならよい。……サイ」
「はい?」
「
「は?」
いきなりよくわからないことを言われてサイは目を丸くした。
「バカねぇ。あなたをタースベレデ王直騎士団に迎えたいって話をしてるのよ」
エンジュが呆れたように解説する。
「って、そういう話だったんですか? 一体いつから?」
「お前、鈍いな。今回の模擬戦がそもそも入団試験だったんだが、気づかなかったのか?」
「はい」
呆れる一同の前で、サイは再び恐縮したように俯いた。
「僕、こんななりですよ。お話はとってもありがたいですが、見た目十才の子供が騎士団にって、どう考えても変でしょ?」
「トモコだって、見た目十五、六って感じだったわよね」
エンジュは、カダムに相槌を求めるように問う。
「いや、でも、そもそも僕は自分でも正体不明の――」
カダムが笑い声をあげる。
「いや、実は、ここしばらくずっとそのあたりの調査をやってたんだよ。なんてったって王族と行動を共にするんだ。身ぎれいさが何より大事だからな。変な枝がついてないか、そもそもの出自ももちろん、誰かに操られたりしてないか、妙な思想の持ち主じゃないか――」
「だから僕を軟禁したの?」
「軟禁って……」
カダムが鼻白んだ。
「……まあ、何者かと口裏を合わせたりされても面倒だからな。一定期間姿を隠してもらって、妙な動きをする連中が現れないかどうかというのも調べる」
「だったらそう言ってくれれば良かったのに」
「だから言ったろ? 悪いようにはしないって。まさかお前さん、信じてなかったのかよ? 傷つくなあ」
「カダムの悪人顔を信じろって方が無理よね」
「何だとエンジュ!」
「ほら、じゃれるのはそのへんにせよ」
再び女王が苦笑ぎみに割って入る。
「サイプレス・ゴールドクレストがお前の本名だな」
「はい」
「ゴールドクレスト司祭に係累はない。後を継ぐものはお前しかいないが、サンデッガでのしがらみもあるゆえ、当面その名前を使うのはやめたほうがいいだろうな」
「はい」
「となると、あとは……」
女王はそこで言葉を切るとエンジュの顔を見る。
「あ、はい」
エンジュは小さく咳払いして持っていた資料に目を落とす。
「サイ、サンデッガのカランタス伯爵家に何かしがらみはないかしら?」
「カランタス家? さあ?」
初めて聞く名前にサイは首をひねる。
「当初、サンデッガの内務卿名義で布告されていたサイプレス・ゴールドクレストの指名手配を、条件を変えて再布告したのがカランタス家なの」
「は?」
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