第73話 サイ、模擬戦に挑む

 我先に、と無鉄砲に突っ込んできた先頭の数十人めがけてサイが電撃をお見舞いしたところで、小隊長らしき男が号令をかける。


「よーし、総員、耐電撃兵装準備!」

「おーう!」


 かけ声と共に一旦立ち止まった兵士達は、腰に巻き付けていた太い鎖をしっぽのように地面に垂らし、さらに兜の縁部分にある留め具を下ろして鎧の襟首とつなぐ。そうして二人ペアでお互いの兵装を確認すると、再び木剣を振り上げて襲いかかってきた。

 見ればそこかしこで兵士達は鎖のしっぽを地面に引きずり、ジャラジャラと耳障りな音をたてながらゆっくりと間合いを詰めてくる。


「うわ、一体どこでそんな姑息な技を覚えてくるんだ」


 兜を固定することで視界を制限される上、鎖に足を取られてかなり動きにくそうだが、考えてみれば不思議でも何でもない。雷の魔女の得意技が二つ名の通り強力な〝雷〟だったのなら、フレンドリーファイアを防ぐために避雷の対策を取るのは当然と言えば当然だ。


「めんどくさいなっ!」


 サイは数十人まとめての効率的攻撃をあきらめ、空中にいくつかの多重魔方陣を展開すると、先頭に並ぶ兵士一人ひとりに電撃を放つ。

 だが、兵士達は革鎧の下に鎖帷子くさりかたびらでも着込んでいるらしい。兜のてっぺんに落とした稲妻は鎖帷子に阻まれて体の表面を滑り、鎖のしっぽを伝って地面に流れ落ちる。つまり、鎧の中身にはまったく届かない。


「ダメだ、こんな精度じゃ!!」


 それに、電撃の衝撃でたとえ兵士が気絶したとしても、マッドな笑いを浮かべてすっ飛んでくる治療師達が回復ポーションをだぶだぶ湯水のごとく使い、たちまち兵士を戦場復帰させてしまう。

 しかも治療師は白衣の下に鎧も鎖帷子も着けていないため、動きが兵士に比べて相当に素早い。


「くそっ! 数が全然減らない!!」


 サイの魔力には当前限りがある。トラウマのせいでポーションによる魔力回復もできない。このままムダ撃ちを強いられれば、間違いなくこっちが先に倒れてしまう。


「だったら、こうだ!」


 サイは再び多重魔方陣を呼び出した。だが、今度は小径の魔方陣を間隔をおいて何十段も積層し、まるでレンズを何枚も重ねた望遠レンズのような複雑な電磁照準を構築する。さらにその中心を貫くようにして細く、まっすぐに針のように収束した電撃を作り出し、兵士の兜と鎧の間の指の幅ほどの隙間に精密にヒットさせた。

 さすがに延髄に直接打ち込まれた強力な電撃には対抗できないらしく、兵士は走ってきた勢いそのままに、前のめりに倒れた。


「よし!! これなら!!」


 だが、金貨の魅力にうなされた治療師たちは白衣をたなびかせながら倒れた兵士のもとへ殺到し、我先にとポーションを振りかける。直後、兵士はまるでバネ仕掛けの人形ゾンビのように起き上がり、再び木剣を構えて走り出した。


「これじゃダメだ! むしろ治療師が最大の脅威!」


 その瞬間、足元の地面にに何本もの矢が突き刺さった。


「うわ! 弓兵までいるのか!」


 サイは突出しすぎたことに気づき後方に跳び退って距離を取る。だが、その瞬間サイの頭にひらめく物があった。


「確か、カダムは〝演習場内の全員を無力化しろ〟って言ったよな。ということは、治療師あいつらだって無力化の条件に当てはまるわけだ」


 サイの目に悪巧みの炎が宿る。

 サイは兵士への攻撃を一旦取りやめ、治療師の頭上に電撃収束の多重魔方陣を発現させる。


充填チャージ……撃てっ!」


 次の瞬間、治療師全員が、まるで立ち枯れた大木が風で折れるようにぱったりとその場に倒れた。

 後方要員の自分たちが狙われるわけがない、そう思い込んだ油断が招いた全滅だ。そうしてわずかに生まれた隙に、サイは首を伸ばしてカダムを見る。左手で顔を覆って右の拳を物見台の手すりに叩きつけて悔しがっている。ざまーみろ、だ。


「よーしよし! これなら多分行けるぞ!!」


 物資と人員に圧倒的な差のある戦闘の場合、時間をかけるほど少数の守備側が不利になる。兵力に余裕のある攻撃側は、仮に先頭が倒れても次列が最前面に突出できる。

 さらに、陣を前進させれば倒れた兵士は自動的に陣に飲み込まれ後方に下がり、治療なり補給なりを受けることができる。

 だが、守備側にそんなセーフティーネットはない。周りを取り囲まれ、逃げ道がない状況に追い込まれた時点でデッドエンド行き止まりなのだ。

 行き止まりデッドエンドを回避するには、敵に前進を許さないこと。高速で移動し決して取り囲まれないこと。できるなら一気に敵を殲滅すること。

 サイは小声でその三箇条をつぶやきながら、ちょこまかと走り回っては近場の兵士に精密収束した電撃を〝刺して〟いく。

 だが、多勢に無勢、遠巻きにぐるりと取り囲まれ、次第に走り回る余地がなくなってきた。


「くそっ!」


 これ以上長引かせては負ける。

 そう悟ったサイは、包囲の真ん中に仁王立ちし、両手のひらを広げて両手をまっすぐ体の前に掲げた。動きを止めたサイを見て、兵士達はいよいよサイが観念したのだと理解し、ニヤニヤとバカにした笑みを浮かべると、一歩、また一歩と間合いを詰めてくる。


「キリシ、アルケイオン・イ・ル・グオラ! 不可視の銀針よ、天より降り注ぎて目前の敵を貫きたまえ!!」


 サイは声を限りに叫ぶ。

 その瞬間、敵兵士の頭上に、数百、数千、数万の魔方陣が現出した。

 同時にどこからともなく〝キーン〟という耳鳴りのような音が数え切れないほど響きはじめ、まるで共鳴するようにあたりの空気をビリビリと震わせる。

 それぞれ数十枚の魔方陣が組になって積層され、縦に長く並んで不可視の砲身を作り上げると、サイに走り寄る兵士の首筋にピタリと照準を定めた。


(考えてみれば、あの頃の自分は魔法を構成している根本技術システムが何か、何も考えずにただ漫然と魔法を使っていた。今から考えるとずいぶん雑だしな)


 サイは思う。今は、あの時より少しだけ理解が深まった。そう思いたい。


「フル充填チャージ……撃てっ!!」


 その瞬間、何万もの魔方陣で構築された何百もの電磁砲から何百条もの雷が一斉に放たれ、激しくスパークしながら荒野の空を真っ白に染めた。

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