第72話 サイ、テストを受ける
馬車は王都の都市城壁を出るとさらにスピードを上げた。
タースベレデ自慢の舗装道路をしばらく走り、人の気配がとぎれ、周囲の風景が次第に荒涼とし始めたあたりで、馬車はいよいよオフロードに突入した。
だが、ショックアブソーバーが効いているのか、覚悟していたほど乗り心地は悪くならない。馬も相当訓練されているようで、軽く凹凸を
「この馬車、何だかおかしくないですか?」
「え? どこかお気に召さないところでもございましたか?」
「え、だって、こんなに飛ばしているのに馬が全然苦しそうじゃない」
「ああ、そのことですか。この馬車、実はとっても軽いんですよ。なんでも使われている材料が、確かえーっと、かーぼんふぁ——」
「はあっ!?」
サイは耳を疑った。
「カーボンファイバーですか!?」
「あ、ええ、確かそんな響きでした。雷の魔女の置き土産なんですよ」
慌てて窓から手を出し外板をなでる。木材かプラスチックみたいな手触りなのに、爪で弾くとカンカンと甲高い音がする。
「うわ、一体何者なんですかその魔道士」
「え? かわいい方でしたよ。小柄で、黒い瞳と黒い髪が大変よくお似合いでした。かわいらしい見た目の割には、まるで少年のようにさっぱりした性格で……」
どうやら、雷の魔女は誰に聞いてもとてもいい人らしい。エンジュが神のように崇めているところを見ると、それでいてかなり実戦に秀でた戦闘系魔道士でもある。
正直言って、そんな完璧超人と比較されるのは避けたかった。だが、サイの複雑な思いにはお構いなく、馬車は荒野を突き進み、やがて高い塀に囲まれた演習場に到着した。
「どうぞ、お降り下さい」
反対側の扉から機敏に飛び降り、ぐるりと車体を回り込んできた使者が踏み台を用意してくれたおかけで、今度は抱えられなくても一人で馬車から降りることができた。
降りてみると、高い塀で囲まれていたのは砦のような背の高い建物と、その前に広がる的を配した
そして、現在。
だだっ広い演習場には、ざっと見で二、三百人の筋肉質の兵士達が完全武装で立ち並び、サイにギラギラと挑戦的な視線を向けている。
「サイ、待ってたぞ」
声を掛けられて振り返ると、一段高い物見台からカダムが降りてくる所だった
「なんです? この
「お前さんの魔法力を見る
言いながら、背後にそびえる砦の最上部にあごをしゃくる。目をこらしてみると、背の高い女性と、それを護るように立つ数人の男達が確かに見えた。
「うちの伝統でな、雷の魔女も昔似たような
「はあ」
「絶対に兵の命を奪うな。だが、それ以外なら魔法だろうが何だろうが制限はつけない。何をしてもいい。演習場内の全員を無力化してみろ」
「はあっ!?」
「
「なんでそんなムダに煽るような話を……」
サイは大きなため息をついた。
強力な雷撃を演習場の中央に一発撃ち込めば無力化自体はそう難しくない。だが、これほどの人数を一度に無力化するには相当に強い威力が必要で、下手をすれば人死にが出る。そうならないようにするには、一人、あるいは数人単位に狙いを定め、それなりに調整した出力で精密に狙う必要がある。その上これだけの人数だ。一体何百発の魔法が必要になるのか見当もつかない。
「全員が無力化された所で
見れば、カダムの背後には十数人の治療師が立ち、おのおの両手に手にポーション瓶をかざして今や遅しと待ち構えている。多少のケガなら走って行ってその場で直す勢いだ。
「でも、何でそんなに大盤振る舞いなんです? タースベレデの王室って、お金余ってるんですか?」
「まさか、そんなわけないだろ? 払った金貨はもちろんお前の
「げええ〜っ!」
サイは脱力してその場にへたり込む。
まさか、タースベレデ入国からほんの数日で一生涯かかっても払いきれないほどの負債を抱える危機におちいるとは思わなかった。
「借金奴隷扱いされたくなかったら、せいぜい頑張るんだな。じゃあ、始めるぞ」
サイの絶望にはおかまいもせず、カダムはのっしのっしと物見台に戻り、タースベレデ王直騎士団の紋章が染め抜かれた青い小旗を頭上に掲げた。
「それでは、これよりサイ・ヒエダの試験を始める。総員準備! はじめっ!!」
かけ声と同時に小旗が振り下ろされ、途端に兵士達がものすごい雄叫びを上げてサイに殺到し始めた。
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