第65話 サイ、タースベレデ王族(?)と会見する
たどり着いた部屋に待っていたのは人形のように整った顔つきの若い男だった。
まとっている服は特に凝った
それより何より、こうしてただ対面するだけで、彼の全身から発せられるオーラが尋常ではなかった。恐らく、彼がジョンコンの話していた〝身軽な王族〟なのだ。
「やあ、ずいぶんお待たせしちゃったみたいだね。君がジョンコンの推薦する魔道士かい?」
「は、はじめまして。僕はサイ、ええと、サイ・ヒエダです」
本名を名乗るのはためらわれ、サイはここしばらく使い慣れていた異世界での偽名を名乗る。
貴人に対する作法も知らない。仕方ないので魔道士団で若い魔道士がアルトカルに向けていた挨拶の動作をまねて頭を下げた。
「サイ……くんか。そうかしこまらなくても構わないよ。ボクの名前は……そうだな、とりあえず遊び人のミスターゴールドとでも名乗っておこうかな」
いたずらっぽい表情でそう自己紹介され、サイはさっと体を硬くした。
あからさまな偽名というのもそうだが、〝
サイのこわばった表情がおかしかったのか、若い男は笑いながら言い訳する。
「あ、ゴメンゴメン、ウチの魔女がボクのことをそう言ってよくからかってたから、つい、ね」
ジョンコンが背後で怪訝な顔をしているところを見ると、やはりこの世界で一般的に通じるジョークではないのだ。
「で、ヒエダ・サイくん、君は少数民族ヤーオの出身? それとも、ニホン生まれ?」
さらりと尋ねられ、今度こそサイは腰が抜けそうになった。
このゴールドと名乗る男は、間違いなく異世界の存在も、そこからまれにこの世界を訪れる人がいることも知っている。
この世界では当たり前の呼び方ではなく、あえて逆にして、姓を先に呼んだことからして、異世界のことを相当深く理解しているとしか思えない。
「あの、ゴールドさんは一体どうして——」
だが、サイの疑問は途中でさえぎられた。
サイ達が入ってきた隠し扉とは反対側のドアが独特のテンポで小さくノックされ、そこから顔をのぞかせたネコのような鋭い目つきの若い女性従者がゴールドに耳打ちする。彼は小さく頷くと、すぐにこちらに向き直った。
「ジョンコン、どうやらこの会見の情報は漏れていたみたいだね。倉庫はサンデッガの兵士に囲まれている。君はすぐに通路を厳重に封鎖して戻りたまえ」
「え、しかしでん——」
「君のことや地下通路の存在を今あからさまにされるわけにはいかない。大丈夫、ボクらは自力突破して町の外から海に逃れる」
「では……」
「ああ大丈夫、サイくんはウチで責任を持って預かるよ。サイくんも詳しい話はまた後でね。今は包囲を突破しなくちゃ」
「あ、はい」
「じゃあ、ジョンコン、後の手はずはいつも通りに」
ジョンコンは素早く一礼して隠し扉の向こうに消えた。しばらくゴトゴトと音がしていたが、それがおさまるやゴールドはサイの肩を軽く叩いて微笑みかける。
「緊張してる?」
「いえ」
「あれ、結構場慣れしてる感じ? だったら、ついでにこれを預けとこう」
ゴールドは小さく感嘆のため息をもらし、懐から小さな巾着袋を取り出すとサイに手渡した。開けてみると、サイがかつてゴールドクエスト司祭から受け継いだ物とは少し異なる、角の取れた逆三角形デザインの魔法結晶が出てきた。全体的な造作や結晶の内部でチカチカと瞬く光の量からして、そうとう格上の結晶らしい。
「え、これって!?」
「うん、ウチの家宝」
「ええーっ! そんな貴重な物、受け取れません!」
何でもないような調子で
「いいんだよ。これは長いこと預けていた魔女から返還されたものだし、魔法結晶はやはり魔道士が持ってこそ意味がある」
「魔女?」
「そ、〝
「その人、どうしたんですか?」
「うん、退職した。魔女であることを辞めて、想い人と故郷に帰った」
そう、遠い目をして語る彼の顔つきは妙に優しげで、同時に少し寂しげだった。だが、すぐに表情を引き締めてサイの目をじっと見つめる。
「できるだけ荒事にならないように抜け出すつもりだけど、いざという時には、頼むよ」
「わかりました」
サイもまじめな表情で頷いた。
数分後。
サイとゴールド、さらにゴールドを護衛する男女一組の合計四名は、海沿いの街道を奪った馬で疾走しながら、時々追っ手に向かって雷撃をぶっ放すという派手な逃走劇を繰り広げていた。
「ところでゴールドさん、できるだけ荒事にならないようにって言いましたよね?」
「うん。できるだけ〝人死にを出さないように〟ね。嫌だろ?」
「さっきまでと言っていることが違うっ!!」
サイは無詠唱で多重魔方陣を呼び出すと、追っ手の迫る街道に地雷のように配置する。すぐに追っ手の馬が魔方陣を踏み抜き、その瞬間感電したように竿立ちになって乗り手を振り落とした。
「おお、これはいいね。据え置き型の魔法罠か。派手さはないけど確実だ」
ゴールドは馬を疾駆させながら、自分の前に抱え込んでいるサイの頭を撫でるという高等技術を発揮している。
「そもそも、抜け出すときに壁を扉ごとを吹っ飛ばすようなやり方をしなければ良かったじゃないですか!」
「ええ〜、実際に吹っ飛ばしたのは君だよ? 荒っぽいなー」
「あなたがやれって言ったからやっただけですよっ! 僕のせいにしないで下さい!」
「いや、試しに君の実力を見てみようと思っただけなんだけど、予想以上に派手で驚いたよ。フフフ」
ゴールドはその光景を思い出したようにクスクスと笑うと、ふいに真顔になって続ける。
「ああでもしないと、倉庫内を徹底的に調べられた可能性がある。ボクらはたまたま空き倉庫だったあの廃墟を使っただけということにしたい。秘密通路なんて存在も匂わせちゃいけない。そのためには、通路を埋めるように建物をできるだけ破壊した上、全員がもれなく追って来れるように危機感をあおりつつ逃げるというパフォーマンスが……なあ、ところでそろそろ追っ手がうっとうしくならないかい?」
「あー、もう! わかりましたよ!」
まとめて数セットの多重魔方陣を一気に呼び出し、道全体を塞ぐように横幅いっぱいに配置する。追っ手が接近したところで弾けさせ、巻き起こる砂塵のカーテンで即席の煙幕を張った。
「遅延型の爆裂魔方陣、それにさっきの電撃地雷を配置しました。さっきの被害を見てたはずですから、土埃で見通しがきかない場所に突っ込んでは来ないでしょう。煙が晴れるのを待つはず」
「よし! 右転回、海岸に向かう」
追っ手とわずかに距離が開いたところで、ゴールドは小さな分かれ道で全員にコース変更を指示した。
「サイくん、追っ手にこっちの道をまっすぐ行ったと思わせるいい方法はないかな?」
「だったら、馬だけを駆けさせて、
「うん、意地悪でいいね、全員下馬!」
即断即決だった。
尻を叩いてそのまままっすぐ走らせ、背後から爆裂陣で脅すと馬たちは猛スピードで駆け去って行った。蹄の蹴立てる砂埃がだんだん遠ざかっていく。
「じゃあ、僕は地雷を設置してきます」
「わかった。じゃあカダム、ボクらは脱出用の小船を
「はい」
「承知しました」
馬の足跡を消さないように、下草が踏まれて硬くなっている道の端を選んで慎重に走る。エンジュと呼ばれたネコ目の女性従者は腰に下げた細身の剣の鯉口あたりを左手で握り、仏頂面で追いかけてくる。だが、結構な速度で走りながらも鞘鳴りを抑えてカチャリとも音を出さず、足音もまったく立てない。今は貴人の従者らしい格好をしているが、もしかしたら隠密系の仕事が本職なのでは、とサイは思う。
「止まって。この辺でよいかと思います」
「わかりました。では展開しますので少し離れてもらえますか」
サイは目を半眼に閉じ、両手を肩の高さに広げて素早く呪文を詠唱する。
そうして先ほどの数十倍の数の多重積層魔方陣を呼び出すと、街道を完全に塞ぐようにびっしりと配置した。
「すごい!……きれい」
エンジュは様々な色にキラキラと光りながら視界いっぱいに広がった魔方陣に感嘆の声を上げ、くちびるの端を少しだけ持ち上げた。
ネコのような鋭い目つきが、ほんのつかの間、まん丸に見開かれる。
ずっと引きつったような仏頂面をしていたけど、どうやら本当に不機嫌なわけではなかったらしい。
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