第62話 帰還

「やあ、久しぶりだね、サイプレス・ゴールドクエスト君」


 目が覚めると、まるで作り物のように整った容貌の美女がサイを見下ろしていた。

 その狭い部屋には窓もなく、枕元でランプの炎が弱々しく揺らめいているほかには、ひと筋の光も差し込んではいなかった。

 だが、まるで闇が沈殿したような暗い部屋の中にありながら、目の前の美女だけがまるで光を放っているようにくっきりと鮮やかに見えた。つやのある明るい茶色のロングヘア。大理石のように白い肌。身長は女性とは思えないほど高い。その上、まるで神殿にそびえる女神像のようにメリハリのきいた見事なプロポーションを誇っている。


「あれ、女神、さま?」


 体を起こしかけ、ついさっきまで傷だらけで死にかけ、全身痛まない所など皆無のボロ雑巾みたいだった自分の体が、いつの間にかまったく痛みを感じないことに気づいてサイは目を丸くする。


(僕は……死んだのか?)


 見回してみると、まわりは磨かれた白い石組みの壁に、同じく石を敷き詰めた床。サイが横たわっていた低い石づくりの寝台以外、何の家具もない、なんとも殺風景な部屋だった。


「ところで君さあ、もうちょっと自分の体を大事にしようよ。私は君を使い潰すつもりで向こうに送り出したわけじゃないんだわ。あっちの担当も精一杯やったみたいだけど、こんなボロボロの状態で戻されても、帳尻あわせが色々面倒なんだよ」


 そうひとしきり文句を言うと、女神は腕を腰に当てて大きく眉をしかめる。


「え? あの、女神様は一体どっちの……」

「ああ」


 美女はサイの態度に納得したように小さく声を上げると、妖艶とも取れる魅力的な笑顔を見せた。


「私はターミナリア。元々君の属する世界担当の、そして君をあの世界に送り出した〝女神〟だよ」

「あー!?」


 サイは嘆息し、思いがけず甲高い声が出たことに驚いて息を飲む。


「あの、僕は一体? それに理彩、あの子は——」

「ああ、君の体はダメージが酷すぎて使い物にならず、その上あちこち欠けてて素材が足りなかったからね、悪いけど再構成の際に少しばかり巻き戻させてもらったよ。しばらくの間はサイズの違いに戸惑うだろうけど、これはもう、仕方ないものとして諦めてくれたまえ」

「え?」


 慌てて目の前に両手をかかげ、つくりが全体的に小ぶりになっていることに気づいて愕然とする。


「だいたい五、六年は巻き戻っているはずだ。肉体年齢で言えば十代はじめって感じだな。いいだろ、若い体。ピチピチだぞ」

「ええ!?」

「あ、あと、気になるだろうから念のため言っておくと、あの娘は無事だよ。そもそも——」

「本当ですか! 理彩は、確かに生きているんですね!?」

「ああ、もちろん」


 女神は当然、といった表情で大きく頷いた。


「そもそも、君をあの世界に送り込んだ一番の目的は、君とあの娘を接触させ、魔法結晶と魔法の概念を彼女に伝えることにあったわけだからね。いくら向こうの調整官がドジでも、それをぶち壊しにするようなポカはやらないさ」

「え?」

「君を回収する直前、彼女は〝自分が発動したと信じる〟魔法によって敵を退け、その後味方の砲艦に無事救助された」


 女神の説明はサイには半分も理解できなかったが、彼女の無事を聞いてほっと胸をなで下ろす。


「ところで〝自分が発動したと信じる〟ってどういう意味です?」

「別に、そのまんまの意味だよ」


 女神は足を組み替えながらあっさり言う。


「現時点、彼女は衛星を制御できていない。ごく初歩的な情報のやりとりのみにとどまっている。当然、あの魔法は君が発動したものだ」

「そう、なんですか?」

「ああ、だが、彼女は自分が魔法を発動したと信じ、君の残した魔法結晶の解析に取り組む。その後は〝汎用個人防衛・支援システム—MAGIC—〟の開発と改良に一生涯情熱をかたむけることになるんだ」

「何ですか、その舌を噛みそうな長ったらしい名前?」

「君たちが今〝魔法MAGIC〟と呼んでいるシロモノさ。人工衛星と専用端末のセットで、単身未開の地に乗り込む探索者エクスプローラーの安全を守り、自己防衛のための強大な武力と通信インフラその他の利便を同時に提供する——」

「えっ、ちょっと待って下さい!」


 サイは慌てて女神の話をさえぎった。

 

「理彩が〝魔法〟を作ったんですか?」

「ああ、そう言ったろ?」

「でも、僕はあの世界で最初から魔法が使えました。衛星シンシアとも普通に会話が——」

「それは君が彼女の開発したシステムの進化形である魔法結晶を持っていたからだ」

「え? でも、理彩はまだ〝魔法〟の開発はしていないわけで……」

「いいかい、彼女が今後開発するシステムを元に魔法結晶が生み出される。設計の根本思想システムアーキテクチャが同じだから君はシンシアとも意思疎通ができたし、向こうでも普通に魔法を使うことができた」

「えー、だからそれは……要するに、鶏が先か卵が先かっていう話で……」


 ひたすら混乱するサイ。


「ああ、説明が少し足りなかったな。君の世界と理彩くんの世界とは異なる。だが……ここで詳しい説明は省くが、この二つの世界線はまるで二重らせんのように複雑に絡み合っていて、片方で起きた様々な事件がもう一方の世界に強い因果を与えることが経験上わかっているんだ。だから、理彩くんが魔法システムを開発するきっかけを与えることが、はるか過去に巡って君たちの世界に魔法を行き渡らせることにもなる、というわけ」

「意味がわかりません」

「まあ、私だって完全に理解しているわけじゃない。だが、何もせずにいれば理彩くんはシステムを開発する前に殺害される運命だった。二つの世界線の安定をはかる上で、それを放置はできないと上は判断したわけだ」

「上?」

「そう」

「……結局何者なんです、あなたたち?」

「まあ、神、としか言いようがないね」


 女神はそう言って肩をすくめて見せた。

 

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