第59話 血戦 〜2〜

「シンシアの、存在が、僕らの切り札だ」


 サイは里彩に肩を借り、荒い息を必死で整えながら言葉を絞り出す。


「敵も、薄々、気づいている。無線が使えないのは、多分、このあたり、一帯が、電波妨害ジャミングされてる、せいだ」

「え、櫻木さんと連絡が取れないのも?」

「多分。どうにかしてシンシアとの通信を、じゃましたかったんだろう、な」


 そこまでゼイゼイとあえぎながら話すと、サイはガクリと顔を伏せ、百メートルを全力疾走したように大きく胸を上下させた。


「もう少し! 頑張って!!」


 理彩は足元のおぼつかないサイを引きずるように、ようやく岩かげに隠れこんだ。

 口の中にあふれる血液混じりの唾液をペッと吐き出しながら、サイはため息のようにつぶやく。


「理彩も、シンシアと、アクセスできれば、いいんだけど」

「ええ? できるよ! ほら、これ、持ってきた!」


 理彩は戦闘服の胸元を開き、紐をつけて首から提げられるようにした父の遺品の端末をのぞかせる。


「……いや、それじゃ」


 サイはわずかに顔を赤く染めて目を逸らしながら言う。


「……シンシアと通信できるだけじゃ、だめみたいだ」

「ええ? でも、さっきだってサイは言葉でシンシアに指示をしてたじゃない。それくらいだったら私にだって——」

衛星かのじょを操るには、言葉だけじゃなくて、意思を具体的な形にするというか……やりたいことを、ことこまかく、術式プログラムや数値に置き換えて伝える必要がある、みたいなんだ」

「それって、魔法結晶を通じてサイ君が簡単にやっていることだよね。私にもまねできないかな?」

「どうだろう。学校で学んだ、詠唱魔法は、融通のきかない、使いにくいしろものだった。それじゃ意味はない。必要なのは無詠唱魔法……僕は生まれつき使えたし……理彩にうまく、教えられるかどうか」


 そこまで言うとサイは激しく咳き込み、ゼイゼイと喉を鳴らすと再び吐血した。おそらく肺の血管にもかなりの傷を負っているらしい。


「サイ君!」


 あわてる理彩を押しとどめ、血にまみれた口元を乱暴にぬぐったサイは、小銃を杖がわりによろよろと立ち上がると、彼女の耳に口を寄せる。


「いいかい、僕が敵を引きつける。理彩は、海岸を回り込んで、敵のボートを奪うんだ。誘導は、シンシアがやってくれる。後は、どうにかして櫻木さんの船に逃げ込んで、島全体に、艦砲射撃を——」

「サイ君は!? 一人で一体何ができるって言う——」


 サイは理彩のくちびるに人差し指を添えて彼女の言葉を封じると、そのまま震える指先を天に向けた。


「大丈夫。シンシアが、いる。この際だから、思う存分、暴れてやる」

「でも……」

「大丈夫。もっとヤバい橋を、何度も渡った。飢えた砂漠狼の群れと比べたら、このくらい、何でもない」

「でも、私だけが——」

「君が、そばにいると、本気が出せない。巻き添えが怖い。あと……ボディーガード契約も今日限りだ」

「何言ってんの? そんな一方的な契約解除、認められないわ!! 違約金を請求するわよ」


 サイはいきり立つ理彩を慈愛のこもった目つきで見つめると、薄くほほえむ。


「そのためには、君が最後まで生きてないと、ね」

「え!?」


 サイは自分の胸ポケットに入れていた魔法結晶を取り出し、理彩の戦闘服に付け直した。


「お守り代わり、だ」

「え、でも」

「シンシア、理彩を守れ! 頼む!」


 さすがのシンシアも突然のことに面食らったのか、一瞬のタイムラグの後、理彩の胸元の端末からシンシアが応えた。


『……理彩、サイが打って出たら左回りに島の裏へ』

「でも!! サイ君はどうするの!?」


 それ以上何かを言われる前に、サイは理彩を置き去りに、よろめくように岩陰から走り出した。


「サイ君!!」


 後ろは振り向かなかった。

 小銃を乱射しながら海岸沿いをよろめくように移動するサイを追って、猛烈な銃撃がサイを襲う。


「あらかじめ来ることがわかってれば、このくらい……」


 銃弾がサイの頬をかすめ、腿に食い込み、指を飛ばす。だが、サイはもはや痛みすら感じなかった。

 全力で走り、不意に立ち止まり、隙を見て小銃を構えると振り向きざまに短く斉射する。同じような銃撃の応酬を何度も繰り返すうちに、敵の銃撃は次第にその密度を減じはじめた。


「ほら、しっかり狙え!! 僕はまだ生きてるぞ!!」


 サイは精一杯声を張り上げ、空に向かって吠えた。




 敵を挑発しながらサイが離れたおかげで、理彩の周囲は台風の目に入ったように、突然静寂に包まれた。


『理彩、今がチャンスです。動いて下さい』


 シンシアが胸の端末経由で理彩に呼びかけるが、理彩の反応は鈍い。


「でも……」

『サイが命を張って作ったチャンスをムダにされるおつもりですかっ?』

「命を……って?」

『おわかりでしょう? サイは、きわめて勝ち目の薄いカケに出ました。少しでもカケの勝率を上げたいと思うなら、今すぐ理彩も動くべきです』

「だったら、私なんかよりも彼を守ってよ!」

『できません。サイはあなたを守ることを第一優先に衛星の動作命令コマンド固定ロックしました。私はあくまで衛星の一部、インターフェースAIであり、衛星のハードウエアそのものに刻まれたコマンドに反することはできません。それに、サイと魔法結晶の距離が離れすぎて、今の彼とは連絡が取れません』

「そんな!」

『ほら、急いで下さい。サイが倒れれば敵はすぐに戻ってきます。猶予はありませんよ!』

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