第58話 血戦 〜1〜
「そんなことより、おじさんは一体何をしてるの! これってどう考えても領海侵犯だよね! 早く助けに来てよ!」
サイの背後では、理彩がトランシーバーに向かって半分キレ気味に叫んでいる。
サイはミサイルのめまぐるしい機動を追いかけながら、心の中でうんうんとうなずく。たとえ無人の孤島でも、武器を携えた敵兵の上陸は明らかな領土の侵犯だ。はっきり侵略と言い換えてもいい。だが、水平線の先、わずか数マイル向こうで待機しているはずの駆逐艦からはいまだ何の返事もない。そもそも、通信用にと渡されたトランシーバーがちゃんと相手に通じているのかすらわからない。
『上陸に使われたボートは小型ですし、水平線下ということもあって艦のレーダーで見過ごされたのかもしれません』
「じゃあ、シンシアから直接艦に連絡する方法は——」
『時間さえあれば不可能ではないと思います。軍用のデジタル通信に無理やり割り込むことになりますが、今は暗号解析のための時間が足りません。何より、そろそろミサイルがヤバいです』
「だったら、どうするのっ!!」
理彩が悲鳴をあげた。
ミサイルが視界に入った時はすでに手遅れ。それはサイもわかっていた。このまま何もしなければ、どんなに長く見積もってもあと数十秒でミサイルは二人の頭上で炸裂し、二人は粉々のミンチ肉になる。
「ミサイルはセンサーをつぶさないと止められない。でも、ヤツに電撃は通じない。レーダーも誘導電波も使ってない。だとすれば、一体ヤツはどうやって周りを認識……見て?」
サイは眉間を押さえて目をつぶる。
「シンシア! ミサイルの進路上海面に熱源照射! 最大出力!」
『ええ? でも』
「何でもいいから早く。できるだけ左右に幅広く海面を沸騰させるんだ! 幅だけあれば奥行きはなくてもいい!」
『了解』
シンシアはそれ以上質問を挟まず短く答えた。次の瞬間、はるか虚空から放たれたレーザーのまばゆい光が、水平線を右から左になでるように一直線に走った。
そのあとを追うように、真っ白な湯気が立ちのぼる。沸き立つ水蒸気の壁はまるで入道雲のように猛烈なスピードでその背丈を増し、見る間に万里の長城のようない長い人工雲の
『ミサイル、垂直上昇! 人工雲を障害物と誤認して回避行動をとっています!』
サイはシンシアの目を借りて、竿立ちになったミサイルを衛星高度から詳細に〝見る〟。
思った通り、ミサイルの先端はレンズのようなつやのある半透明のカバーで覆われていた。
(やっぱり! ヤツは風景をカメラで〝見て〟いるんだ)
サイはほとんど無意識のうちに
ザンッ!!
そんな音が聞こえた気がした。
雷光をまとう紫白色の光の矢が海面に突き立ち、ちょうど真上を向いていたミサイルは先端のレンズを光に貫かれ、一瞬で全ての機能を失って海面に没した。
「ふうっ」
サイは大きく息をついてをその場にへたり込んだ。ほんの一瞬のできごとのはずなのに、気がつくとサイは全身にびっしょりと汗をかいていた。
「サイ君、大丈夫!?」
「ああ……なんとかなった、ね」
サイは理彩を振り返り、こわばる口角を持ち上げて無理やりに笑って見せる。
「それよりも、上陸した敵兵の——」
その言葉は最後まで続かなかった。
飛来した銃弾がサイの左肩をつらぬき、彼は跳ね飛ばされるようにのけぞると、そのまま倒れ伏した。
「サイ君っ!!」
理彩がとっさに伸ばした指先は、サイの体に届かなかった。
崩れ落ちたサイに飛びつくように膝をついた理彩の頭上を、何かが目に見えないほどのスピードでかすめ、髪の毛が数本断ち切られると同時に目の前の岩がチュンと音を立てて弾けた。
「ちっ! 来るなっ!」
理彩は反射的に振り返り、不器用に構えた小銃の引き金を引く。狙いも定めず立て続けに打ち出された銃弾はめちゃめちゃな方向に飛び散るが、接近してくる敵を威嚇するにはそれでも十分だった。
「サイ君! サイ君! 大丈夫? ああ、肩が!!」
「う、うう」
サイは左肩を打ち抜かれていた。銃創からは真っ赤な血液がとめどなくあふれ出してくる。
「シンシア、どうしよう!? サイ君の血が止まらない!!」
『肩ですか? 恐らく腕に向かう動脈が傷ついているのでしょう。止血を!』
「止血ったって、一体どうすれば!?」
「うう、理彩、慌てないで」
サイはうっすらと目を開き、血まみれの手で理彩の二の腕をつかむ。
「ベルトを……俺の……何かを挟んで傷口を押さえるんだ」
遠慮している余裕はなかった。理彩はサイの血まみれの上着の左袖を根元から引きちぎって硬く丸めると、傷口にあてがい、腰のベルトを引き抜いてサイの肩をきつくしばる。だが、出血はなおもじくじくと続く。
「ここじゃ不利……見通しが良すぎる。波打ち際の岩場に……」
「う、うん、そうだね。立てる?」
理彩は背後にもう一度銃弾をばらまいて敵を牽制すると、ふらつくサイの体を支え、傷ついた左手をさけて右の肩下に自分の体を滑り込ませる。
「ううっ!!」
「え!? 大丈夫? 痛かった?」
「だ、大丈夫だ」
肩に大穴が開いているのだ。痛くないはずはない。その証拠に、サイの顔色は真っ青で、額にはびっしりと脂汗が浮かんでいた。だが、彼はその状態でもうっすらと理彩に笑って見せた。
「大丈夫。敵の場所がわかれば……シンシアがいれば反撃できる」
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