第57話 手詰まり

「ああ、ごめん。えーっと、どう説明したらわかりやすいのか……」

「むーっ、サイ君とシンシアが私だけのけ者にする!」


 理彩は緊張感を感じさせないふくれっ面でサイをにらみつける。


「うーん。理彩もシンシアと視野の共有ができればいいんだけど。それに、魔法のことももう少し説明しておきたいし……」


 だが、サイはそんな彼女の表情に少しだけ心をなごませた。

 考えるまでもなく、状況は最悪に近い。あるいは、理彩はそのことを十分理解した上で、あえてそれを感じさせないようにふるまっているのかもしれない。


『そんなことよりお二人、新しいお客さんですよ。小型のモーターボート二そうが島の反対側から接近中!』

「ええ! そんな話は聞いてないぞ」

『ミサイルは陽動もかねていたようですね。もっと近い場所に別の小型潜水艦が潜んでいたのに気づけませんでした。すいません』

「で、距離は?」

『距離はおよそ一海里。迎撃、間に合いません。間もなく接岸、上陸されます!』

「そんな!」

『おっと、さらに最初の潜水艦からミサイルが発射されました。二射目と同じ、極超音速タイプです!』

「ああっ! ちくしょう!」


 サイは慌てて視界を衛星に切り替える。

 どさくさで結局ボートの接近は阻止できず、みすみす敵の上陸を許してしまった。


「理彩、うしろを見張っていてほしい。敵は島の裏側から左右どちらかの海岸線を回り込んでくるはずだ!」


 サイはミサイルに狙いを定めながら叫ぶ。

 ミサイルに対処している間、サイは自身の視界を封じられる。自分の周りをまったく確認することができず、完全な無防備になる。そこは理彩を信じて任せるしかない。


「ああ、ええ!? でもわかった!」


 理彩は、櫻木に無理やり渡された小銃のストックをきつく握りしめながら緊張したおももちでうなずいた。この島に上陸し、櫻木にうながされて数発の射撃練習はしたけど、実戦で使うのは初めてだ。人に向けて銃を撃った経験などもちろん皆無だ。


標的ミサイル、高度、進行方向とも小刻みに変えています。敵もいろいろと工夫してきましたね』


 進路を不規則に変えながら超音速で接近するミサイル。シンシアのアシストにもかかわらず、ミサイルの姿は左右に大きくそれ、たびたび視界から姿を消す。


「くそっ! シンシア、もう少しカメラを引いてくれ」


 視野をズームバックしてなるべく広い範囲を捉えるようにする。その分標的ミサイルの姿が小さく映り、狙いにくくなるが仕方ない。

 サイはぎりぎりまで精神を集中するため、使い慣れた呪文を精神安定剤がわりに口の中でつぶやき、シンシアに借りた視界の中で、灰色の豆粒のようにしか見えないミサイルをにらみつけた。


「キリシ、アルケイオン・イ・ル・グオラ! 猛けき雷よ、忌まわしき火箭の頭脳をつらぬきたまえ!」


 視界がカメラのフラッシュをたいたように明転し、それがおさまった時、ミサイルは相変わらず海面ぎりぎりを飛翔していた。


「え? 何で? 外した?」

『電撃、直撃はしましたが、進路に変化なし。どうやら、ミサイル全体に強固な電磁波シールドがほどこされているようですね』

「変だろ!? 潜水艦から無線で飛行コースを指示されているはずじゃ。電磁波シールドなんてされてたらその電波もさえぎられて——」

『ええ。でも、たとえば私などは常時会社からの命令を受けているわけではありませんよ。ほとんどの機能を自分で判断する自律型のAIですから』

人工知能エーアイ搭載型か!」


 外からの命令を受け付けないということは、発射前に設定した目標地点まで、コース取りも含め全部ミサイルが自分で判断して飛んでくるということだ。

 ということは、今さら発射元の潜水艦をどうにかしても取り消しはできない。ミサイル本体を物理的に破壊しない限り、あれは与えられた命令を愚直に守り、確実にここまで飛んでくる。


「あのふらふらした飛び方も?」

『進路予測を難しくして、私たちの攻撃をかいくぐるための計算でしょう。いろんなタイプのミサイルを試して、こちらの弱点を探っているという見立ては間違ってませんでしたね』

「くそ、どうする!?」


 手元にある武器は、櫻木に手渡された個人用の小銃と一人数個ずつの手りゅう弾だけだ。

 銃弾だけは山ほどあるけど、それだけではとてもミサイルを打ち落とす威力などない。それに、超音速で迫る相手に小銃の弾が届くほど近づかれたら、もはやその時点でアウトだろう。


「電磁波を使う魔法は無意味。外からの命令は一切受け付けず、肉眼で見えたときにはもうアウト……そんな相手にどう立ち向かえばいい?」


 サイは海上を飛び続けるミサイルをにらみつける。


「しかし、電波を一切シャットアウトしているということは、逆に電探レーダーも使えないはずだ。だとしたら、あのミサイルは一体どうやって自分の周りを認識しているんだ?」


 脳内を高速で検索し、ここ数週間、図書館通いで大量にため込んだ情報をかたっぱしから探る。


超音波ソナー? いや、音速より速く飛ぶミサイルにソナーは無意味だ。だとしたら……なんだ?」


 サイは頭を抱えた。

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