第56話 サイ、迎え撃つ
『サイ、与太話はそこまでです! 敵潜水艦が浮上、小型の飛翔体を射出しました!!』
シンシアが突然口調を改めてそう宣言した。
「与太話って……まあ。数は、あと距離は!?」
『数は一、いったん飛び上がってその後は海面すれすれを小刻みに進路変更しながら高速で飛行中。巡航ミサイルだと思われます』
「わあぁ、サイ君、君の魔法で打ち落とせないの?」
『距離は約三十マイル、速度はマッハ0.6』
焦る理彩と対照的に、あくまで冷静に報告するシンシアの声にかすかないらつきを感じながらサイはたずねる。
「そんな言い方をされてもわからない! いったい何秒でここまで届く?」
『……約四分半です』
「四分! サイ君、どうしよう!?」
理彩が慌てた顔で、しがみつくようにサイの肩をゆする。
「落ち着いて。その速度なら水平線上に姿が見えてからでも十分対応できるから」
『しかし、弾頭が核爆弾だった場合にはそうそうのんびりしていられませんよ』
「核?」
『ええ、かの国は最近核爆弾の小型化に成功したとの情報があります。新兵器の実験ついでにこの島ごとお二人を消し飛ばすつもりかもしれません』
サイは口をへの字にして考え込んだ。
直接見えないほど遠方の相手に魔法を使った経験はサイにはない。当然そんな相手に照準を合わせられるかもわからない。できれば自分の目で相手を見極めてから対応したい。だが……。
「シンシア、飛んでくるミサイルの姿を僕が見る方法はないかな?」
『おっしゃっているのは、スマホの画面で実況中継を見たい……なんて意味ではないですよね、もちろん』
無言でうなずくサイに、シンシアはすぐには返事をしなかった。
『……確実なことは言えません。ですが、サイなら私の視覚情報をハッキングできるのではありませんか?』
「はっきんぐ?」
『ええ、私をスキップして衛星のハードウエアレイヤに直接コマンドを送り込めるんですから、その逆だってたぶんできるはずです。口惜しいのは、私がその方法をお教えすることができないことですが』
「……なるほど。やってみる」
サイは溶岩の固まったザラザラとした岩場にどっかりと座り込み、目を閉じた。
無詠唱で魔法を使うときと同じように、脳裏で望む現象を細部まで思い描く。はるか上空を周回する衛星に意識を向け、衛星の目と自分の目を同化させる。
「うっ!」
途端に極彩色のノイズが視界全体を埋め尽くし、目の奥がズキリと鋭く痛んだ。
次の瞬間、彼ははるか上空に浮遊して地球を見下ろしていた。
「うわ! これは……」
足元の地面が突然消え去ったような突然の転換にめまいを感じ、溺れた人間がバタバタともがくように無意識に両手を広げてあたりを探る。だが、そんな右手を何かがしっかりと包み込んだ。
「大丈夫? 私はここにいるよ」
理彩の手だった。
「ありがとう。落ち着いた」
サイは深呼吸すると、改めてシンシアに借りた視界で眼下を見る。意識を集中すると視界はいくらでもズームでき、すぐに二人が上陸した火山島と、そこに一直線に向かうミサイルの白い飛跡を見つけることができた。
サイはミサイルの制御部分を雷で焼くような強い魔法のイメージを脳裏に浮かべ、左手の一振りでそれをミサイルにたたきつけた。途端にミサイルは姿勢を崩し、派手な水しぶきを上げて海中に没した。
「やった……かな?」
ミサイルは爆発することもなく、海面越しにかすかに見えていた輪郭もすぐに薄れて消えた。
「どう?」
「どうやら海に沈んだらしい。もう見えなくなった」
衛星の視界から自分自身の視界に切り替えながらそう答える。一瞬真っ白になった目の前に、あたりの景色があぶり出しのようにゆっくりと浮かび上がる。
「近い」
「あ! ごめん!!」
すぐ目の前にあった理彩の顔が赤らみ、さっと目をそらされた。
「も、もう大丈夫なの?」
「僕ならもうだいじょう——」
「……じゃなくて、敵のミサイル」
「あれはたぶん様子見じゃないかな? まさかあの一発だけとは思えないし」
『ご名答! たった今、次のミサイルが射出されました。今度のは加速が段違いです。恐らく最終速度はマッハ5を超えるものと——』
「ほら、やっぱり」
サイはシンシアの警告にかぶせるようにため息をつく。
『猶予がありません。あと三十秒ほどで着弾します!』
「シンシア、もういちど君の目を借りる!」
二度目のせいか、視界の転換は一瞬だった。鋭い頭痛を伴う極彩色のノイズがおさまると、すぐに低空を飛ぶミサイルに照準した視界がサイの前に広がる。
『先ほどのハッキングでサイのアクセスパターンを学習しました。どうぞ』
シンシアのお膳立てに乗ってサイは左手を振り上げ、振り下ろす。
それだけでミサイルは失速し、やがて海面に刷毛を走らせたような白いしぶきをたてながら滑走し、やがて勢いを失うと海中深く沈んでいった。
「あいつら、一体何がしたいんだ?」
『恐らく、こちらの対応能力を試しているんでしょう』
「試す?」
『ええ、敵はまだ、魔法の正体が
「まあ、
サイは言葉を切るとなにげなく空を見上げ、遠い目をする。
「故郷では、雷の魔女っていう、雷を自在に操る強大な魔道士のうわさが出回っていたんだ」
『雷の魔女?』
「今から考えると、君と僕の組み合わせなら雷の魔女と同じようなことができそうだなと——」
「あの! 何だか私一人がのけ者にされている気がするんだけど」
理彩がわかりやすくむくれて文句を言った。
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