第55話 サイ、心中を吐露する

「それはそうとして、このまま手をこまねいて待つわけにもいかないよね?」

「うん。できれば先制攻撃は考えたい」


 かつて、依頼を受けて魔物や野獣を討伐していたときも、周到な下調べと、先制の不意打ち、こちらの有利な場所への誘い込みがサイの得意技だった。

 そのやり方は、魔道士と言うよりはむしろ狩人のあり方に近い。

 事実、何度かチームを組んで野獣狩りをした猟師からは何度も熱心に転職を勧められた。


「こっちは二人っきりだし、島ごと囲まれたら詰み、だからね」


 二人が上陸した海岸は全体が冷えた溶岩で覆われ、周囲には木が一本も生えていない。地形はまっ平らで見通しは恐ろしいほどよく、身を隠すような岩陰も全くない。溶岩の地面は固く穴も掘れないし、沖合の海はクジラがすぐそばに近寄れるほど深くなっている。迎撃に向いた場所とはとても言えない。

 今回は狩る側、ではなく、狩られる側だという意識もサイの心中を落ち着かなくさせていた。だが、理彩にそんな顔を見せるわけにはいかない。


「でも、私たちだけでで迎え撃つのはちょっと無理のような……」

「うん。もちろんシンシアの力を借りる。肉眼で見える距離まで接近されたら負けだ。距離があるうちに仕留める」

「もしかして、今までよりずっと難易度上がってない?」

「まあね。いいのは周りを巻き込む心配をしないでいいことだけ」


 あたりを見渡して困惑の表情を浮かべる理彩に向かって、サイは頷きながらため息をついた。


「ところで、サイ君の魔法って、相手が見えないくらい遠くでも届くものなの?」

「うん。最近何となくわかってきたんだけど、僕の使う魔法は、この世界のおとぎ話に出てくる魔法とは違う」


 サイは、何日も考えた末の結論を口にする。


「は?」

「推測だけど、僕の魔法は、この世界では衛星シンシアのサポートがあって初めて発現する。逆に言えば、僕自身が相手の近くにいなくても、シンシアが〝見る〟ことができる物になら魔法は届く。と思う」

「えーっと、つまり、サイ君の使う魔法は、本当は魔法じゃない……?」

「本当の魔法っていうのが世のことわりをねじ曲げて奇跡を起こす能力、っていう意味ならたぶん違う。だから、シンシアへのアクセス権限があれば誰にでも……たぶん、理彩にだって魔法を使える可能性はあるんじゃないかな」

「ええっ!?」

「ほら、お父さんからもらった端末。あれ」

「あっ!」

 

 理彩は思わず声を上げる。


「持ってきてはいるけど……ホントなの?」


 理彩は櫻木に渡されたままだった迷彩柄のザックを足元に下ろし、あちこち探して胸ポケットからつるりとした手触りの端末を取り出すと、それを手のひらにのせて語りかける。


『ええ、私の認識では、サイの魔法は科学技術……衛星わたしの特殊な運用の部類に入りますね』


 理彩のこぼしたつぶやきを、衛星シンシアはほとんどそのまま肯定し、端末の音声インターフェースから返した。


「でも……」

「まあ、それでもある程度の訓練、というか勉強? は必要なんだろうけど」


 サイの言葉を受けてシンシアが続ける。


『そうですね。サイが頭の中で意図した現世界への干渉が、どんな規則に基づいてプロセスで命令化コンパイルされ、衛星わたしが実行可能なプログラムとして宇宙空間にまで到達しているのか、私自身にもまったくわかりません。もちろん決まったフォーマットはあるのでしょうが、ただ……』

「ただ?」

『少なくとも、サイはこれまで誰ひとりなし得なかった特殊な方法で衛星わたしを使ってる。それについてはもはや疑いようがありません』

「そう。例えば僕が手のひらに炎を生み出そうとすると……」


 言いながら、サイはほとんど無意識に右手のひらに意識を集中する。

 その瞬間、何もない空間に拳ほどの大きさの炎の球がふっと浮かび上がった。


「この瞬間、シンシア、君は一体何をした?」


 サイの問いかけに、シンシアは即座に返事を返す。


シンシアの表層意識では特に何も。ですが、衛星の稼働ログを精査すると、サイからコマンドを受信し、あなたの手のひら直上十センチを焦点に、高出力の極超短波を照射したようです』

「じゃあ、この炎の玉はシンシアが?」


 理彩が目を丸くする。


『はい、衛星から照射された高出力の電磁波により、サイの手のひらの上の空気がプラズマ化して光を放ったものと考えます』

「つまり、そういうことだよ」


 サイはたいして面白くもなさそうな口ぶりでそう結論づけた。


「強力なアクセス権限をもつ人間が、手順を正しく指示できれば、シンシアはたぶん僕の魔法をあらかた再現できる」

「えっ!」

「……個人的にはちょっと複雑な気持ちだけどね」

「どうして?」

「だって、そうだろう? 幼い頃から才能があると言われ続けて、わざわざ学校に通って十年近く学んで身につけた魔法の正体が、単なる道具の取り扱い手順だったなんて……」


 サイははあ、と大きなため息をつく。


「僕のこれまでの人生って一体何だったんだろうなあって思って——」


 だが、理彩とシンシアが強い口調で同時に反論した。


「何言ってんのサイ君、それは違うと思う!」

『心外ですね、私は単なる〝道具〟などではありませんよ。それなりに繊細なつもりです』


 理彩はサイに詰め寄りながら彼の目をじっと見つめる。


「例えば、レースに優勝したカーレーサーが〝俺は車の運転の仕方を知っているだけだ〟とか言う? 世界一売れたゲームを作った優秀なプログラマが〝僕はたまたまプログラム言語を知っていただけ〟とも言わないよ? どんな道具や技術だって、その能力を最大限に発揮できる熟練した使い手は尊敬されるものだし、誇っていいと私は思う。違うかな?」

『そうですよ! こんなことを言ってはなんですが、私は自身の複雑さには少しばかり自信があります。使いやすい道具ではないつもりです。なのに、具体的な結果まで想定して瞬時に複雑な術式プログラムを組み立てるなど、誰にだってできることではありません」


 二人がかりでぐいぐい迫られてサイは思わず後ずさる。


「いや、でも、僕自身、そんな実感はないし——」

「あー、これだから天才って困るよね。自分の特殊さをもう少し自覚しなくちゃ」


 

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