第54話 別の惑星みたい

「まるで別の惑星みたいに荒涼としていますね」


 あたりを見渡していた理彩は、吹き付けてきた強い風になびく髪を押さえながら、感じ入ったようにつぶやいた。


「ああ、このあたりはようやく溶岩が固まったばかりだからな、渡り鳥が立ち寄って草木の種を運んでくるまでにはあと数年はかかるんじゃないかな」

「で、おじさんはそんな荒れ果てた無人島に私たちを放置するつもり、と」

「まあ」

「鬼畜ですね」

「う、それは指摘しないでいてくれると助かるんだが」


 サイはそんな二人のやりとりを横目に、黒っぽい砂利を軽く蹴飛ばして感触を確かめる。まるでざらめ雪のようなざくざくとした踏み心地だが、意外に靴裏が引っかかる。白兵戦の可能性が少しでもあるのなら、敵の襲来までにもう少し足場に慣れていた方がいいだろう。


「状況は?」


 サイのつぶやきに、衛星シンシアの声が間髪を入れずサイの脳内に響く。


『国籍未確認の潜水艦は、夜明けとともにここから百マイル、およそ百八十五キロメートルほど沖合で潜航を開始しました。以後、現在まで再浮上していません』

「現在の推定位置は?」

『その島を一直線に目指しているという前提で、おそらく、沖合五十マイル程度まで接近していると思われます』

「だとすると、まずは……」


 サイはここしばらく熱心に」読みふけり、脳裏に写し取ったミリタリー雑誌の記事を思い起こす。

 

「浮上と同時に潜水艦から小型のミサイルを発射して島を爆撃、同時に戦闘用ドローンを多数射出……と」

『良い見立てですね。相手もこちらがこの島を決戦の場に選んだことは把握しているでしょうから、最初から全力で来るでしょう』

「あー、全力は勘弁してほしいんだけど」

「ううん? 桧枝君は一体誰と話をしているんだい?」


 理彩と漫才のような掛け合いを続けていた櫻木は、つま先で地面をほじくり返しながらぼそぼそとつぶやくサイに不思議そうな目を向けた。シンシアの声がサイの脳裏に届くことは、理彩と明美しか知らない。


「いえ、独り言です。敵はどう出てくるだろうか、と考えてました」

「なるほど。それなら、中国の空母が近くまで出張ってきていることも教えておいた方がいいかな?」

「空母?」

「そう、間違いなく様子見に観測機を飛ばしてくる。彼らだって本格的にわが国とことを構えたくないだろうから、派手に領海を侵して直接兵員を上陸させる可能性は低いが、だからと言ってまったくありえないとも言い切れない」

「要するに、何でもありってことですね」


 櫻木の切れ味の悪い説明にサイは小さくため息をつくと、


「とりあえず、できるだけのことはやります」


 それだけ答えた。




 櫻木をのせたヘリが去ると、あとは吹き渡る風の音と波の音しか聞こえなかった。

 真っ黒い大地と対照的に青く澄み切った空には、見渡す限り渡り鳥の姿もなく、理彩の言う「別の惑星」という表現がなるほどしっくりくる。

 ここしばらく、かりそめの平穏にかまけて図書館通いを続けたおかげで、この世界の歴史や科学技術について、サイは少なくない知識を得ることができた。そのすべてを十分に理解したとは言えないが、得意の瞬間記憶を生かして図書館一館分まるごとの情報を脳内に蓄えたおかげで、少なくとも疑問に思ったことは脳内検索でほとんど答が出る

 この大地や海が実は球体で、しかも真っ暗な虚空に浮いているなどということは、元の世界では考えも及ばなかった。もちろん、人工衛星やAIの存在はサイの想像をはるかにこえていた。

 この世界に魔法はないと女神は言った。だが、その言葉に反して彼の魔法はこの世界でもきちんと発動し、そして衛星シンシアの存在がそのカギであること、魔法は奇跡でも何でもなく、恐らく人の生み出した技術に由来するらしいことも、最近なんとなくわかってきた。


「だとしたら、二つの世界は……」

「うん? 何か言った?」


 水平線を見つめていた理彩がサイのつぶやきを耳に留めて振り返った。


「ううん。それより、理彩は怖くないの?」


 サイの問いかけに一瞬目を見開いた理彩は、すぐに表情を和らげた。


「怖いよ。それに、おじさんの乱暴なやり口にずいぶん腹も立ってる」

「だったらなんでそんなに落ち着いて——」

「サイは私のボディーガード、でしょ?」

「え、うん」

「これまで、君は私の命を守ってくれた。まあ、ちょっとしたケガはしたけど」

「その点については申し訳——」

「ううん。サイ君を責めているわけじゃなくて、君なら信じられる。もし君から見て私が落ち着いて見えるのなら、そのくらい君のことを信頼しているってこと。それでいいんじゃない?」

「……」


 返答に困ってサイは頭をかいた。


「いつ、どこで襲われるか、そう思ってビクビクしながら暮らすのは本当にストレスだった。でも、私たちが生き残るか、それとも殺されて終わるのか。いずれにしても今日で終わるんだと思うと、なんだか不思議にせいせいした気分で」

「……理彩はやっぱり凄いな。そこまで割り切れるなんて」


 思わずこぼれた言葉に、理彩は照れくさそうにエヘヘと笑った。 

 

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