第50話 継承

「これは……?」


 三人の前に現れたのは小ぶりな額縁サイズの、金属製の頑丈な扉だった。

 扉の表面でピピピという電子音と共に小さな赤い光がチカチカと瞬き、光がグリーンに変化すると同時にガチャリと鈍い金属音が響いた。


『ロックを解除しました。どうぞ開けてください』


 促されて理彩がゴツい取っ手に手をかける。時計回りに取っ手を回すとゴトリと重たい手触りがあり、軽く引いただけで扉は音もなく滑らかに開いた。

 自動的に台座がせり出してくる。そこには、手のひらくらいの大きさの、艶のない白い小箱ただ一つだけが乗っていた。


「これは?」


 理彩はそのまま持ち上げて無造作に蓋を取る。だが、中の物体を見てサイは息を飲んだ。


「え!!」


 そこに入っていたのは、まるで使いかけの石鹸のように、つるりと角の削れた四角い塊だった。


「これは……」


 サイが驚いたのは、その塊の表面に深いブルーのプレートがはめられ、その中で小さな光がチカチカと瞬いていたからだった。形は大きく違うが、受ける印象はサイが見慣れたある物にとても近かった。


「これ何? スマホかな?」

「まさかっ!?」

「えっ? ひゃっ!?」


 無造作に手を伸ばしかけた理彩は、突然大声を上げて身を乗り出したサイに驚いて慌てて手を引っ込める。


「え……何?」

『これはわたくしへの無制限アクセスキーです。自壊命令も含め、私に対するすべての指令に制限がなくなります』

「自壊命令?」

『ようするに〝自爆〟ですね。ロマンですよ、自爆』

「何だそれ」


 理彩は眉をしかめ、改めてそのつるりとした物体をつまみ上げる。


「……なんだ、魔法結晶じゃないのか?」


 サイも思わず肩を落とす。


『何だか話が混乱してますね。話を整理しましょう。サイ、魔法結晶というのは以前話をされていた?』

「あれ、シンシアにも話したっけ? これ」


 言われてサイがポケットから取り出したそれは、理彩の手に乗っている物より遙かに小さく、また相当に洗練されたデザインのブローチだ。だが、こうして二つを並べてみると、サイが直感したように、それらの印象はとてもよく似ていた。


「これは、魔法を使うために欠かせない〝魔道士のあかし〟とされている装身具です。一人前になった証に、師が弟子に贈るもので……」

「へえ、形はかなり違いますが……」

「確かに、何となく、似てますね」


 明美と理彩も頷く。


『うーん、残念ながら、サイの持つそれは我々の開発したデバイスではありませんね』

「……ああ、そうだよな。当たり前だ。そんなはずはないんだ」


 サイは自分に言い聞かせるように頷く。

 いくら見た目の雰囲気が何となく似ているからと言って、それだけで繋がりがあると思う方がおかしい。


『……ですが、変ですよね。衛星本体はその機器を認識しているような気がします。正確には、シンシアを構成するレイヤーよりもさらに上位のハードウェアを直接クラッキングしているような気配で……』

「言ってることが訳わかんないわよ」


 混乱したAIの口ぶりに明美が突っ込みを入れる。


『私もよくわかりません。困ったことに私自身まったく自覚がありませんし、本来ありえないことなので……』

「自分のことなのに?」

『確かにそうですが……例えば、あなた方はご自身の心臓や胃腸の動きをご自身の意思で的確にコントロールできていますか?』

「ごめん、確かにそれは無理だわ……」


 シンシアの疑問に明美は黙り込む。


『ところで、どうでしょう? アクセスキー、受け取っていただけますでしょうか?』

「サイ君、どうしよう?」


 理彩はためらった。

 衛星の管理権限の引き継ぎという簡単なものではないと理彩は考えた。たぶんシンシアは、この衛星が作られた真の目的、込められた亡き父の想いと衛星の持つ強大な力を受け継ぐ覚悟があるかかどうかという、もっとずっと大きな判断を理彩に迫っているのだ。


「理彩、僕らはもう決断したと思う」

「確かに、訳もわからず襲われるのはもう無しにしたいけど……」

「であれば、降りかかる火の粉を振り払うだけでは何も解決できない。それに……」


 サイはこちらを見つめる理彩の顔を見返しながら、この世界に転移したきっかけを改めて思い起こした。


「僕は、突きつけられた理不尽に立ち向かわず、敵の正体を確かめることもせず、ずっと逃げ続けてここに来ました。だから、今度こそ諦めたくない。ここでまた楽な方に逃げたら、僕はこの先も一生ずっと情けない人間のままです」

「……でも。だとするとたぶん、サイ君にはこの先も迷惑をかけることになると思う。私は君をものすごくプライベートな、自分勝手な、とんでもなく危険なことに巻き込もうとしてるんだよ」

「それを迷惑というなら、むしろ僕の方こそ謝らないと」


 サイは笑った。


「僕は自分のやり直しに君が巻き込まれた状況を利用している。それこそ自分の都合で理彩を巻き込もうとしてる」

「……お互い様、というわけ?」

「ええ。だから遠慮しないで欲しい」

「そっか」


 理彩はつぶやくように答えると、表情を引き締めて小さく頷く。

 そして、手の上のアクセスキーをぐっと握りしめた。


「シンシア、私は、あなたのすべてを引き継ぐわ。その想いも、秘めた力も」

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