第48話 サイ、決意する

「いやー、失敬。確かにそれは不謹慎だったね」


 右手を手刀の形で上下に振りながら、サイに向かって感情のこもらないつくり笑顔を浮かべる櫻木。セリフとは裏腹に、絶対に悪いなどとは思っていなそうだ。


「それにしても、どうも桧枝君には謎が多いねえ。そもそもヨーロッパからの帰国子女っていう話は本当なのかな?」


 そう言って疑わしげに片眉を上げる。

 サイの新しい戸籍は理彩の秘書である明美が中心になって準備した。恐らく彼女の古巣であるアメリカの情報機関も関わったはずで、多少調べられたくらいでボロが出るようなヤワな代物ではないはずだ。

 一方、櫻木は海上自衛隊に所属し、米軍とも関係が深い。明美の出向元とも無関係とは思えないが、どうやらそのあたりの情報までは共有されていないらしい。


「ヨーロッパって言っても地中海のすごく小さな国ですよ。残念ながら僕の住んでいた場所は田舎でしたし、祖父は半分世捨て人みたいな人でしたし……」

「ふうん。まあいいか」


 設定通りにのサイの説明に櫻木はあいまいに頷くと、気を取り直したようにパンッと両手を打ち合わせた。


「今日はさすがに無理だろうけど、また近いうちに時間を取ってくれると嬉しい。では、私は退散するよ」


 そう言い残すと、理彩に向かって小声で二、三言付け足してすたすたと斎場を出て行った。


「毎回思うんですが、すごくマイペースで、なんだか嵐みたいな人ですよね」

「私、あの人やっぱり苦手」


 理彩は吐き出すようにつぶやいた。


「父の古い友人だし、悪い人ではないのは判るからすごく申し訳ないんだけど」


 ため息交じりに続ける。だが、櫻木医官が引っかき回してくれたおかげで、理彩の表情にわずかでも感情が戻ったのはありがたかった。


「……サイ君もごめんなさい」

「は? 何で?」


 不意にかけられた言葉にサイは目を見開く。


「父の死をどう受け止めていいのか判らなくて。色々心配してくれたのに、ずいぶん素っ気ない対応になっちゃって」

「気にしてない。親ひとり子ひとりだよね。そうなって当たり前だし、落ち着くまで、いつまでも待つよ」


 サイは重くならないように軽い口調で返しながら、思う。

 サイの両親は物心ついたときにはもういなかった。顔すら知らない。だから親がいないことになんのこだわりもないし、実はとっくに死んでましたと言われても今さら悲観することもない。それでも、育ての親とも言えるゴールドクエスト司祭の墓石を見つけてしまった時は平静ではいられなかった。

 だから、彼女の気持ちはよくわかる。


「サイ君、ひとつ聞いてもいいかな?」

「何?」

「君が私達とは違う世界から来て、違う常識を持っている、というのは十分判った上で聞くけど、私、どうしたらいいと思う?」

「……どうしたらっていうのは?」

「この先の話」

「ああ」


 理彩はうつむいて、絞り出すように言う。


「私は、父は誰かに殺されたんだ、と思う」


 やっぱりその結論にたどり着いたか、と、サイは無言のまま唇をかみしめる。


「それに私、たぶん怒ってるんだと思う。父をこんな目にわせた相手に。そして、そんな相手から父を守ることができなかった自分自身のふがいなさに」

「だとすると、責任は僕にも——」

「違うよ! サイ君が責任を感じることはないって。君はあくまで私のボディーガードだし、その役目は十分以上に果たしてくれているよ。今度のことは、私が負わないといけない責任なんだ」

「いや、でもそれは、誰かの責任という話じゃ——」

「だってそうでしょ? 誰かの悪意があって、そして私の力が悪意をはねのけるには足りなかった。〝誰のせいでもない〟とか、〝誰も悪くない〟というのは詭弁だよ。絶対に違う! 間違いなく誰かが悪いんだし、確実に誰かの責任なの!」


 サイは息を飲んだ。彼女とはまだそれほど長い付き合いではないが、理彩が年齢にそぐわない現実的で合理的おとこまえな考え方を好むことは判っていた。

 だが、それだけではない。

 理彩はつい先日たった一人の親族を亡くしたばかり。どう慰めていいかも判らないほど沈んでいた姿はこの目で見た。それなのに、わずか数日でこれほどとは。

 一方、自分はどうだろうか。

 理不尽に魔道士学校を追い出され、王立魔道士団からもはじき出され、あげくに婚約者まで奪われた。

 それほどの仕打ちを受けながら、その場で足を踏ん張って抗いもせず、ただ王都を逃げ出した。

 ミステリアスな女神に誘われたのは確かだが、現実から目をそむけ、誇りを捨てて楽な道へ逃げ出したと言われてもまったく反論できない。


「……情けないな。本当に女々しい」

「え?」

「いや、こっちのこと」


 サイは気持ちを切り替えようと大きく首を振る。


「……降りかかる火の粉は払いたい。ずっとそれは考えていたんです。でも、逆に僕はそこ止まりだった。ひたすら受け身で、自分から運命を切り開こうなどとは思っても見なかった」

「うん」


 そこで言葉を切り、理彩の顔をじっと見つめる。


「つまりそういうことです。ですから僕に……」


 わずかに言いよどむ。

 これを一旦口に出してしまえばもう後戻りはできない。二人の置かれた状況を考えると、場合によっては自ら手を汚す必要も出てくるだろう。


「……僕に、君の運命を切り開く手伝いをさせてもらえませんか?」

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