第47話 感染

「よりによって何でこんな場所でそんな話を……不謹慎です!」


 理彩は心から嫌そうな表情を浮かべた。口調も苦々しげだ。

 サイも心から同意した。故人を偲ぶ席で何を言い出すのかと、彼の強靱な心臓に驚きさえ覚える。

 だが、ここ数日の生気の抜けた彼女の様子を見続けていたサイは、彼女が感情をあらわにしたことには逆に安心した。あるいは、櫻木医官はそこまで見越してあえて失礼な質問を投げたのかも知れなかった。


「悪いね。でも、事実確認だけでもしておきたかったんだ」


 櫻木はちょっとだけ目を見開くと、にやりと笑って見せた。


「で、結論は?」

「ありません! ありえませんから!!」


 理彩は何気なくサイと目を合わせて頬を赤く染め、すぐに目をそらす。

 そんな理彩を軽くいなしながら、櫻木はなおも質問を重ねる。


「じゃあもう一つ質問。姫、ケガの具合はどうだい?」

「……」


 櫻木が理彩の負傷をどこで知ったのかは判らないが、そのことはサイも気になっていた。

 学校で狙撃されて以来、理彩はずっと長袖の冬物の制服を着用している。おかげでサイは彼女の二の腕に包帯を巻かれた痛々しい姿を目にせずに済んでいる。だが、見えないからといって彼の罪悪感までがなくなったわけではない。

 ところが、その質問に理彩はなぜか口ごもり、目線を床に落とした。


「ええっと」

「ふふっ、当ててみようか。実はもうほとんど治っている。どうだい?」

「「えっ!」」


 サイが思わず上げた声が理彩のそれと重なった。


「さっきも言ったとおり、検査では桧枝君の持つ謎の血球成分が姫の血液にも見られた。ぶっちゃけ〝感染〟といってもいい」

「感染……」

「だとすれば、桧枝君の特異な性質が姫にも発現してる可能性がある。そう踏んだんだが……どうやらビンゴだね」


 櫻木はなぜか得意げに顔を上げた。


「君達に身体的な濃厚接触がなかったとすれば、例えばケガをした桧枝君の血液を姫が浴びるような事態が——」

「……ありましたね」


 サイはここしばらくの記憶を振り返りながら答えた。

 サイがマンションの屋上で大腿を打ち抜かれた晩、確か理彩も足にかすり傷を負っていたはずだ。


「その時、体内に混入したわずかな血球成分が姫の体内で増えたんだろう。感染と言ったのは言い得て妙だね」

「その言い方ってなんだか嫌だ」


 理彩はぽつりとつぶやいた。


「なんだか、サイを病原菌扱いしてるみたい」

「いやいや、差別的な意味じゃない。だが、現象としては一番近いからね」


 だが、興奮した櫻木はまったく意に介する素振りも見せずぐいぐい迫ってくる。

 しつこい櫻木の要望に負け、理彩は半分切れ気味にブレザーを脱ぐと、ブラウスの袖をまくって見せた。

 櫻木の指摘したとおり、痛々しい銃創はきれいさっぱり姿を消し、後には皮膚にわずかにピンク色の細い筋が残っているだけだった。サイがケガをしたときと違うのは、傷跡の盛り上がりがほとんどなく、まるで接着したようにきれいに治っているところだろうか。このあたりは元々の体質というか肌質(?)が関係しているのかも知れない。


「ふむ」


 櫻木は医師の目つきで理彩の傷口をしげしげと観察すると、やがて感心したようにつぶやいた。


「すばらしい。まったく自然だ。どこの技術だか判らないが、私も医学者の端くれとして、このナノマシンを開発したエンジニアの顔を拝んでみたいね」

「「ナノマシン?」」

「そうだよ。色々調べたが、この謎の血球成分は人工物らしいってことになった」


 櫻木はとんでもない事実をスーパーの特売情報並にあっさりと口にした。


「ちなみに私の調べたところでは、こいつはケガの回復を早めるだけじゃないんだ。人体に有害な物質や細菌、ウイルスまでほぼ無害化し、人類のサバイバビリティーをぐんと引き上げるとんでもない超技術なんだぞ」

「そうなんですか?」

「そうなんですか、じゃないよ! 桧枝君は一体どこでこの血球成分ナノマシンの移植を受けたんだ? 私の知る限り、国内にこんな技術を隠し持っている研究所はないはずだ!」


 櫻木の目つきが次第に怪しくなる。両目を獣のようにらんらんと光らせ、舌なめずりをしてサイに迫ってくる。


「その上、このナノマシンは自己増殖し、近しい他人にもその恩恵を分け与える。兵士にとってこれほどありがたいことはない」

「……兵士?」

「ああ、戦場に送られる兵士にとっての福音だよ、これは」


 サイは言葉をなくした。

 サイには、そんな謎の機械の移植を受けた覚えはまったくない。もしもサイの体にそんな物が紛れ込んでいるのだとすれば、それは生まれつきだ。


「すいません。心当たりがありません」

「では、君の父親や母親はどうだ? どこかの研究機関の——」

「櫻木さん! いい加減にしてください!!」


 ついに理彩が切れた。


「サイはご両親の顔も知らないんですよ。そんな質問、あまりにも失礼です!!」


 つい何日か前、理彩も父を亡くしたばかりだ。

 そのせいで異郷でただ一人暮らす孤児サイの境遇が身にしみたのか、理彩は本気で怒っていた。

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