第41話 サイ、嫉妬と治療を受ける

「サイ君、私言ったよね!」


 出会い頭で目を丸くして固まっていた理彩は、我に返るなりサイの襟首をぐいとつかんだ。そのまま有無を言わせず後ずさりし、自分の部屋に引っ張り込む。


「言いましたよね? この前あなたが大怪我をした時、自分のことをちゃんと大事にしてねって……」


 背後で扉ががちゃりと閉じた。

 自動的にともった小さな明かりに照らされ、サイを見上げる理彩の両目には涙の粒がきらめき、今にもこぼれそうに揺れている。


「もう忘れちゃったの?」

「いや、覚えている」

「だったらなぜ、こんなになるまで!!」


 そのままパーカーの前をガバッと開かれる。

 隠す暇もなかった。パーカーもシャツも穴だらけ。右手の皮膚は裂けて血まみれだし、体中、銃弾のかすった傷だらけだ。とても言い訳のできる状態ではなく、サイは無言のまま、ただ理彩から目をそらした。

 無茶をした理由なんて一つしかない。彼女を守るためだ。

 場当たり的な対応をいくら重ねたところで、敵の襲撃は止まない。

 どんどん不利な状況に追い込まれ、いずれ取り返しのつかない結果になるだろう。それを防ぐためには、どこかで相手の戦力を完膚なきまでに叩きのめすしか方法がない。かつてサイは、それを野獣や魔物の討伐任務で嫌というほど思い知った。

 言葉や理屈の通じない相手には、それがただ一つの対応策。

 だが、どこまでも平和なこの国で生まれ育った理彩には、サイにとっては当たり前の理由を説明しても、とてもわかってもらえるとは思えない。

 だから、サイは理彩には言わずに敵と戦い、そして今もただ一言だけ答える。


「僕は理彩のボディーガードだから」

「で、でもっ!」

「君を危険から遠ざけるために、必要なことは何でもやる」

「でも、これがっ!」


 理彩は握りしめた拳でサイの胸を弱々しく叩く。


「これが本当に必要なことなの? 君にこれほど傷だらけになってまで守られても、私、嬉しくなんかない!」


 普段、理彩がここまで感情的になることなんてないのに……とサイは不思議に思う。


『理彩、サイを責めないでください。彼を焚きつけたのは私です。責任の一端は私にも——』

「シンシアはちょっと黙ってて!」


 見かねて部屋に備え付けられたマルチ端末から割り込もうとした衛星シンシアも、理彩は一言で切り捨てる。


「だいたい、シンシアはパパが開発したシステムでしょ? どうして私の知らないうちに勝手にサイ君と仲良くなっているのよ!?」


 そう言って理彩は頬を膨らませる。


「え、あの、それって……」

「何よ! 私をのけ者にして、二人だけで勝手に危険な目にあって、それで私が喜ぶと本当に思ってたの?」


 理彩は相変わらずプンプン怒っているが、なんだか怒りのポイントが、サイの心配していた方向とはずれてきているような気がして困惑する。


「ちゃんと聞いてる? 私は本当に怒ってるんだよ! 真剣に反省して欲しいな!」

「……すいません」


 これでは、当分彼女を納得させる説明は難しそうだ。そう思ったサイはそれ以上何も言わずに頭を下げた。




 数時間後、サイの治療のため、明美の手配で櫻木医官が深夜のホテルにやって来た。


「すいません。夜明け前に。しかもわざわざこんな所までお越しいただきまして……」


 恐縮するサイに、櫻木は笑って首を振る。


「ちょうど明日は非番でね。こっちで買い物でもしようと思っていた所だったから逆に都合が良かった」


 答えながら、櫻木は大ぶりな黒い鞄をよっこらせとテーブルに載せ、鍵を外して上ぶたを開く。


「それにほら、この前の検査結果も出たから色々意見を聞いてみたかったしね」


 鞄はまるで工具箱のように三段にずれ、大きく開いたそれぞれの段には銀色に輝く医療器具がびっしりと並べられていた。


「さて、では桧枝君、とりあえず一通りてみるから、全部脱いで下着姿になってくれるかな」

「はい」

「はっ!!」


 言われた瞬間ためらいなくすぱんとパーカーとシャツを脱ぎ捨てるサイに、女性陣二人が顔を赤らめ慌てて立ち上がる。それどころか、ガタガタと椅子を鳴らして部屋を出て行こうとしかけた。


「へ? 大丈夫ですよ。別に見られて困ることはありませんから」

「何言ってんの! こっちが恥ずかしいから!」

「……そういうものなんですか?」


 向こうの世界では、討伐中やその後の傷の手当は男女問わずその場で始めるのが当たり前だった。少しでも治療が遅れれば命に関わるケガも多く、恥ずかしがっている余裕などなかったからだ。


「どれ、ああー、右手の裂傷はさすがにちょっと縫った方がいいだろうね。それ以外の傷は、きれいな水で血を洗い流して滅菌パッドでも貼っておけばいいだろう」

「本当に本当ですか? 命に関わったりはしませんよね?」


 真っ赤な顔で部屋を飛び出しかかっていた理彩は、櫻木の診断に食いついて足を止める。


「ああ、もうほとんど出血も止まっているし……あ、ほら、ここの傷なんてもう半分ふさがりかかっている。前にも思ったけど、すさまじい治癒能力だよね」

「なるほど本当に……」


 そう言って指さされ、思わずサイの脇腹の銃創に顔をよせてをしげしげと眺める理彩。


「はっ!」


 だが、櫻木のニヤニヤ笑いに気づいて我に返り、爆発したように顔を赤らめた。


「さてと、もう上は着ていいよ。とりあえず指は先に縫っちゃうから、その後でシャワーを浴びたまえ。硝煙まみれじゃ安眠もできないだろ?」

 

 それを聞いて明美の表情が硬くなる、一方、理彩がわたわたしている間に櫻木はバスルームからバスローブを持ち出してサイに放ると、鞄からいくつもの器具を取り出して金属盆に丁寧に並べた。


「よし、じゃあ、手っ取り早く片付けよう」

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