第40話 戦闘
『間もなくボートが着岸します! 上陸してくるのは十名!』
シンシアの警告が脳内で鋭く響く。
サイは振り向きざまに両手を前に伸ばし、左右それぞれの手のひらに青白く光る魔方陣を生み出した。
「弾けよ!」
頭句抜きで短く詠唱。無詠唱でもいける基本魔法だが、念には念を押す。
詠唱に応え、先行する二隻の小舟の
舵どころか船尾をごっそり失った小舟はお互いが吸い寄せられるように衝突して沈没、乗っていた黒ずくめの男達は海に投げ出される。
もちろんそのまま見過ごすつもりはない。右手に大型の魔方陣を生み出し、それを指先で弾くように海面に向けると、海面がぼんやりと青く輝き、あっぷあっぷと暴れていた男達はうめき声と共に海中に沈んでいった。
『失神? 感電しましたか?』
「窒息する前に重たい武器を棄てて浮いて来れるといいけどね」
サイは冷たくつぶやいた。
積極的に人の命を奪うつもりはないが、相手が抵抗の意思を少しでも残しているのなら容赦するつもりもなかった。知性の高い砂漠狼と同じで、少しでも弱みを見せるとそこにつけ込まれるからだ。いや、そのたとえは砂漠狼に失礼だ。むしろ山賊に近いか、と思い直す。
『サイ、先ほどの爆発を通行人が通報した模様です。間もなく地元の警察機構が出動します』
「じゃあ、あまりのんびりもやってられないね。早めに片をつけよう」
最後の一隻が着岸した。数人の男達がひらりと岸に飛び移り、直後、操り手を失った小舟は轟音と共に岸壁に激突してバラバラになった。
展示場を炎上させた火箭が再び飛来し、石張りの広場の中央で爆発してあたりを明るく照らし出す。
「三人、か」
炎に照らし出された敵の影は三つだった。
だが、爆炎の明かりで向こうからも居場所を特定されたらしく、容赦のない銃撃がたちまちサイに降り注いだ。
「いた痛っ!」
銃弾が体をかすめ、まるでかまいたちに襲われたように体中から幾筋も鮮血が吹き出す。サイは慌てて石碑の陰に身を隠すが、集中砲火を受けてその場所に釘付けにされてしまった。
チュンチュンと鳥のさえずりのような音を立てながら石畳で激しく跳ね、思いがけない方向からサイを襲う銃弾を完全に避けることはできない。
魔法でなんとか銃弾の軌跡を逸らそうとするのだが、なぜか術のかかりが甘く、スチール缶や自動車のようにうまく弾けないのだ。
「くそっ!」
『サイ、動転しすぎです。銃弾をはじくのではなく、敵の持つ
「あ、そうかっ!!」
シンシアのアドバイスを受け、石碑の隙間から狙いを敵の持つ長銃に切り替える。銃身の周りを取り囲む細い円筒形の溶鉱炉をイメージし、その中に魔法でありったけの熱を込める。
「キリシ、アルケイオン・イ・ル・グオラ! 鍛えられし黒き鋼よ、我が求めに従い白熱せよ!」
キーンという高音があたりの暗闇を切り裂いた。ほどなく敵の持つ長銃の銃身がブルブルと震えはじめ、高熱を発しながら真っ赤に輝く。
突然の出来事に驚いた男が銃を足元に取り落としたのと、赤熱した長銃が跡形もなく爆発するのはほぼ同時だった。
溶岩のように焼けた銃の破片は激しい雷雨のようにその持ち主に降り注ぎ、男達は熱さと痛みに耐えかねて絶叫しながら海に飛び込んだ。
「あと一人!」
だが、爆風を避けて顔をそむけていたサイが視線を戻すと、いつの間にか肩に火箭の太い筒を構えた男と十歩ほどの距離を置いて向き合っていた。
他の男達とは違い、この兵士はいち早く長銃を投げ捨てたおかげで爆発に巻き込まれずに済んだらしい。
サイはあっさり逆点に持ち込まれた自分のうかつさに舌打ちをする。
こちらは完全な丸腰。その上あまりに距離が近く、向けられている火箭を避けるのも難しそうだ。仮に初撃をうまく避けたとしても、その隙に脇に吊られた短銃で撃たれそうな気がする。
「あんた、何者や?」
冷たい目をした男は短くサイに尋ねた。
「けったいな技を使うし。一体どこの工作員なん?」
男の言葉には、理彩や明美、シンシアなどとは違うのんびりとした抑揚があった。だが、その目つきは言葉とは対照的に氷のように鋭く、男の体全体からオーラのように殺気が湧き上がるのが見えるようだった。
男の、砂漠狼にも似た鋭い殺気を受け、サイは相手のどんな動きにも対応できるようにゆっくりと腰をかがめ、足場を確かめる。
その時、火箭の引き金にかかった男の指がピクリと震えた。
激しく炎を噴きながら猛スピードで飛び出してくる火箭を魔法で跳ね上げ、続く銃撃を避けようと手のひらに防御魔方陣を現出させながら無我夢中で後方に跳んだ。
その瞬間、背後で火箭が爆発した。
爆発の衝撃で今度は前に吹き飛ばされ、地面に落ちて何回転も転がった末にどうにか片膝をついた姿勢で立ち上がる。至近距離から短銃で撃たれた右手首から先が痺れてほとんど感覚がない。防御魔方陣は大した効果を発揮しなかったらしい。
「あれ……」
気がつくと、目の前にいたはずの男の姿が消えていた。
敵を見失ったサイは痺れた右手をかばいながらゆっくりと立ち上がる。
右手の中指と人差し指の皮膚が大きく裂け、血が筋のようにしたたって足元の白い石畳を赤く染めていく。耳の奥で心臓の音がうるさいほど響き、拍動のたびに全身の傷口がジンジンと熱を持ってうずく。
『サイ、このままここにいると面倒に巻き込まれます。急いで移動しましょう』
サイは無言で頷いた。この世界に来てもはやおなじみになった
サイはシャツの袖を勢いよく引きちぎって右手の傷口にきつく巻き付けた。さらにボロボロのパーカーの前を開き、右手全体を隠すように突っ込んで歩き出す。
「これは……」
ズタズタのぼろきれのようになった自分の姿を見下ろして苦笑しながら、サイは誰にも聞こえないように小さくつぶやく。
「理彩に見つからないようにしないと」
だが、その願いは叶わない。
エレベーターの扉が開いた瞬間、サイは外の大騒ぎに気づいて廊下に飛び出してきた理彩とばっちり鉢合わせする羽目になった。
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