第37話 この世界で目覚めた意味

「これはサイ君だから話すんだけど」


 まるで子猫のように頭を撫でまくられ、ようやく緊張がほぐれたらしい理彩は、サイを上目遣いに見上げながら思いついたように切り出した。

 

「シンシアは地上を〝見る〟ことができるだけじゃなく、地上に向かって電磁波の投射もできるんだよ」

「電磁波?」

「そう。電波が絡むおよそどんなことでもできると思っていいのかな。例えば、地上に持ち運び式の特別なアンテナを用意すれば、そこに向かって電波の形で電力を送ることができる。災害とかで停電した地域に電力を供給したりできるってわけ。パパがそんな風にシンシアを設計したんだ」

「よく判りませんけど……」


 次々に新しい話題が出てきて混乱する。


「ええと、その、電力というのはこの世界を動かすエネルギーの一種ですよね」

「そう。サイ君の世界にはなかったの?」

「聞いたことがないですね」

「じゃあ、説明してもわかんないのか……」


 がっかりといった表情でぼそりとそう言われ、サイはなんとなくもやっとする。

 頼ってくれと偉そうに言ったばかりなのに、いきなり役立たず扱いなのは素直に悔しい。


「よかったらあの、もう少しわかりやすく。例えば自然現象とかに例えて説明をもらうことはできませんか?」

「自然現象……例えば、なんだろう?」

毛織物セーターを脱ぐときのパチパチとかはいかがでしょうか?」

「静電気か〜。またえらく地味だな〜」

 

 明美の助け船にも、理彩は不満そうに口をとがらせた。


「ああ、むしろカミナリの方が近いかな。あれは瞬間的にドカッ、バーンって感じだけど、同じだけの力をを時間をかけてゆっくりじっくり絞り出す、みたいな?」

「ええ?」


 サイはピンとこないまま曖昧に頷き、以前魔道士学校で噂になった〝雷の魔女〟をなぜか思い出していた。

 級友たちが「魔女は鉄の馬に乗って一日で千里を駆け、雷撃を自由自在に操る」と興奮気味に話していたのを聞いて、とんでもない尾ひれのついたホラ話だと思っていた。だが。


「実際、猛スピードで走る鉄の箱は実在した訳だしな……いや、待てよ?」


 サイは自分がこの世界に転移して以来放ったいくつもの魔法を改めて思い返す。

 と同時に、サイの脳裏で、これまで魔法に対して抱いていたイメージが急速に変化しはじめるのを感じていた。


〝この世界は、魔法がこれまで発展することなく、代わりに科学が魔法を凌駕するまでに発展した稀有な世界線の一つだ〟


 サイがこの世界に転移した朝、サイをこの世界に呼んだ女神は確かにそう言った。

 だとしたら、そんな科学の行き着く先は、果たして魔法と区別できるだろうか? むしろ、すでに同じ線の延長線上に乗っているのではないだろうか。


鉄の箱くるまを手を触れずに動かす。押し潰す。敵の武器を跳ね飛ばす。そして……」


 サイは手のひらを上に向け、親指の先ほどの光球を生み出してみせる。


「こうして手のひらに光球を生む……全部科学で可能ですか?」


 理彩はこてんと頭を傾けたが、明美は妙に納得した表情で何度も頭を縦に振った。


「方法についてはちんぷんかんぷんですが、原理的には科学で説明が付きそうですね」

「……そうなんですね」


 まだ頭の中が整理しきれない。だが……


「そう。そういえば、まだまだ構想段階なんだけど、電子レンジの原理でどこかの湖の水を加熱、蒸発させて、上空に雨雲を作ったり、逆に雨雲に直接マイクロ波をぶつけて消すことで天気を変えたりもできるって言ってた。これってまるで魔法だよね」


 その言葉にサイははっとした。


「まさか!! 〝天候改変術式〟!?」


 サイの脳裏には、女神に言われた言葉がリフレインしていた。

 彼女は確かに言ったのだ。

〝君はこの世界線の、はじまりの魔法使いになるんだ〟と。


「そういうことか!」


 サイは今初めて、自分がこの世界に送り込まれた本当の理由わけが判ったような気がした。


「となると、そこまで含めて敵方に情報が漏れている可能性もありますね。それならあの過激な反応も理解できます」


 明美が、冷静にそう分析した。


「だとすれば、理彩を排除して衛星を止めるという目標を達成するまでは絶対に諦めないでしょう。万一、自国にその力が振るわれたら……と疑心暗鬼になっていますね」

「ああ、ほぼ戦略兵器だもんな」


 サイも頷く。

 意味がつかめずキョトンとした表情の理彩に、サイはかつて自分が大魔道士から受けた説明を繰り返す。


「穀物の実りを妨害したり、国全体に大規模な日照りや風水害を起こしたりもできるってこと。これって、使い方によっては簡単に一国を滅ぼせる。まるで神の御業だ」

「そんな!」


 理彩は虚を突かれたように目を丸くした。


「パパはそんなつもりじゃ……。この国からすべての災害を無くしたい。そのためのシンシアだって言ってたのに……」

「強い力は、そのふるい方によっては薬にも毒にもなり得ます。櫻木のおじさまがずっと心配されていたのはこのことだったんですね」


 明美の言葉を最後に、室内にはまたもや重苦しい沈黙が満ちた。



 

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