第36話 サイ、シンシアの正体を知る

「え、地球上の存在じゃない? それはどういう……」

「ああ、ええと」

『理彩、その言い方では妙な誤解を招きます。私は宇宙人などではありませんよ』


 スマートフォンの向こうから、サイも聞き覚えのある女性の声が柔らかく響いた。


『サイ、ところでもう怪我の方はいいのですか?』


 そう問いかける声の調子には温かみがあり、初めて耳にしたときの無機質さはみじんもなかった。


「ええ、もう大丈夫ですが……シンシアさん」

『どうしました?』

「いえ、この前となんだか雰囲気が違うな、と」

『あの時は理彩の指示で、できるだけお堅く高圧的に振る舞うように、と言われてましたからね』


 突然の暴露に理彩がうへぇと慌てた表情になる。


「ほ、ほら、あの時はサイ君に衛星クラッキングの容疑がかかってたから、なるべく手の内をさらさずに強気で行こうかと……」

「うあ」


 サイは思わずうなり声を上げた。そういえばその話はどうなったのだろうと思う。

 理彩の会社が管理している衛星に、ほかならぬサイが不正アクセスを繰り返していると疑われたのだ。


「そういえば、その疑いは晴れたんですか?」

「い、いえ、それは……」


 口を濁す理彩を遮るように、シンシアがきっぱりと言う。


『疑いではなくもはや確信ですね。サイは、間違いなく魔法を使うたびに衛星にアクセスを繰り返しています』

「え? 僕はそんなことは——」

『安心してください。それが故意や悪意でないことはここ数日の観察で明らかになりました。どうやら、あなたの〝魔法〟と呼ばれる現実世界への干渉は、そもそも衛星へのアクセスを前提として成り立っているようですね』

「は? え?」


 サイは混乱した。

 サイの魔法は、生まれつきその身に備わっていた能力だ。

 今の今まで、サイはそう信じきっていた。

 彼だけではなく、元の世界の人間は、魔道士であるかないかにかかわらず全員がそう考えているはずだ。

 サイは幼い頃、ゴールドクエスト司祭に魔法結晶を譲られて初歩的な魔法が使えるようになり、魔道士学校で鍛えて次第に高度な魔法を身につけた。大魔道士に命じられて大幅に術式を増やし、また無詠唱と魔方陣の即時展開を可能にしたが、いずれにしても魔法はサイ個人の才能であり技能であることは間違いない、はずだ。


「どういうことでしょうか?」

『詳しいことは私にもまだわかりません。ただ、サイあなたから衛星にアクセスがあり、あなたの求めコマンドに応じて衛星が地上に投射する様々な強度と波長の電磁波が、魔法の発現に何らかの影響を与えているものと推測します』

「電磁……いえ、でも、そもそも、この世界と僕のいた世界に何の関係が? この世界の衛星? が、なぜ魔法に関わるんです?」

『ごめんなさい。それはまだ、当事者である私にもよく判っていないんです』

「え、当事者?」


 シンシアの発言に不穏なものを感じ、サイは彼女の言葉を繰り返す。


『ええ、私、シンシアは近地点三万二千キロ、遠地点四万キロで上空を廻る準天頂多用途プラットフォームに搭載された人工知能AI、つまり、私自身が人工衛星そのものなんです』


 サイは今度こそ言葉を失った。




「つ、つまりだね、私達の会社は宇宙空間を廻るシンシアの助けを借りて、地上の色んな物事を観測する仕事をしているの。その関係上、衛星シンシア全体の管制も含めて弊社でまるごと請け負ってるんだけどね」


 説明を求めるサイの視線に、理彩はばつが悪そうな薄笑いを浮かべた。


「シンシアは諸外国の類似の衛星と比べても抜群に目がいいですし、二十四時間常にこの国の可視範囲を飛んでいますから、地上のどんな出来事もほぼリアルタイムで〝見る〟ことができます。それは災害復旧や犯罪の抑止にとても役に立つことなのですが、一方、世の中にはそれでは色々と都合の悪い人たちがいることも確かなのです」


 理彩の言葉にさらに説明を付け加える明美。同意するように理彩も小さく頷く。


「私をつけ狙っている連中は、私達の存在を目の上のたんこぶに感じてるんじゃないかな、と思う」


 だが、サイには何となく腑に落ちなかった。


「僕は、この国はもっと平和なんだと感じてました。それなのに、理彩の周りにだけあれほどの武器を振り回す連中が次々沸いてくるのはちょっと変じゃないですか?」

「それは、まあ、そうなんだよね……」


 理彩はしょぼんと肩を落とす。


『よろしいですか?』


 だが、つかの間淀んだ場の空気を拭き払うようにシンシアが声をあげた。


シンシアの監視範囲には本邦周辺の国家も含まれます。理彩へのテロに使われた武器のバリエーション、また事件の前後の現場周辺の車両の動き、及び国際通信の活性度から見て、大陸の独裁国家が何らかの関与をしている可能性が高いのではないかと推測します』

「うわあ」


 シンシアがたたみかけた冷静な分析に、理彩はまるで濡れた子猫のようにうなだれた。

 しょげかえる理彩を見ていられなくなったサイは、思わず彼女の頭に手を伸ばした。ビクッと驚いて顔を上げる理彩と目を合わせ、元気づけるように言う。


「理彩、そのために僕をボディーガードに雇ったんですよね? お願いですから、色んなことを僕に秘密にしないで、もう少し僕に頼ってくれませんか」


 そのまま頭を撫でているうち、彼女の緊張は次第にほぐれてきた。しばらくされるがままに頭を撫でられていた理彩は、照れくさそうにふっと笑うと、自分の頭に乗せられたサイの手を両手で包み込んだ。


「ありがとう。サイ」

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