第35話 サイ、真相に迫る

「突然何を言い出すんですか、先生」


 櫻木の後から部屋に入ってきた看護師が、腰に手を当ててあきれたように言う。


「いや、桧枝君の回復力は正直言って異常だよ。人間離れしてる。彼がここに運び込まれた時点で、出血はほぼ止まっていた。千cc以上の大出血にもかかわらずだよ」


 櫻木は心底不思議だと言わんばかりに首をひねる。


「事実、血管縫合はほんの数針で済んだ。銃創の状態もあり得ないほどいい。逆に言うと、この程度の傷であれほどの大出血を引き起こすとはとても思えない」

「だったらどうだとおっしゃるんです?」

「そうだねぇ。撃たれてからほんの数分で勝手に傷口がふさがり始めたとしか言いようがないね」


 冗談めかした口調でそう結論づけると、櫻木は不意にまじめな顔になってサイ達に向き直る。


「さて、科学的にあり得ないことだ、という個人的感想はひとまず置いておきます。事実だけをお話しすると、桧枝君は恐らく今日、明日にも退院できるでしょう」


 その言葉を聞いて、ずっと悲壮な顔つきをしていた理彩の顔色が少しだけ良くなった。


「で、だね」


 そこで突然相好を崩した櫻木医官は、まるで商人のようにもみ手をしながらにじり寄ってくる。


「仕事柄色々興味深いから、サイ君にはぜひ調査に協力してもらいたいと思っていますが……」

「それは――」

「お断りします!」


 サイが口を開く間を与えず、理彩はサイの腕を取って怖い顔をしてみせる。


「サイ君は私のボディガードです。取られるのは困ります」

「しかしだね、この現象が他の人間でも再現できれば現場で助かる命がある――」

「おじさん、そういう詮索はなしだって最初に言ったでしょ!」

「いやー、姫、もう一度考え直してくれないか? 人のためになるんだ」

「考え直しません。サイ君、ほら、とっとと退院するよ」

「あ、いやいや、さすがにそれはちょっと待って!」


 宣言するやいなやサイの腕を取ってそのままベッドから引きずり出そうとする理彩を、サイは必死で押しとどめる。


「どうして? こんな所にいつまでもいたらこのマッドドクターにモルモットにされちゃうよ」

「いや、今、すぐは差し障りがある。せめてもう十分は待って!」


 さすがにこの管付きオムツ履きのみっともない下半身を理彩に見られるわけにはいかない。サイは怪訝な顔をする理彩と明美を病室から追い出すと、看護師に何度も頭を下げてようやく管を抜いてもらった。




「これ以上君を危険にさらすわけにはいかないわ」


 櫻木医官の伝手つてで病院内のカウンセリングルームを借りた理彩は、いきなり断言するようなきっぱりとした口調で話し始める。


「サイ君にボディーガードを頼んだ時には、これほど危険な仕事になるとは思わなかったの。おかげで君がこんな大けがをすることになっちゃって……本当にごめんなさい!」


 隣に座る明美共々、神妙な表情で深々と頭を下げた。だが、サイはそんな二人に笑顔で返す。


「いえ、最初からこの程度の危険は込みで引き受けましたから。二人とも気にしないでください」

「え? 最初からって……」


 事実、野獣の群れの討伐などに比べてそれほど危険な任務とも思っていなかった。できるだけ軽い調子で言ったつもりだったが、理彩の表情は相変わらず晴れない。


「でも、下手すればサイ君は死んでたんだよ。当事者の私がこんなことを言うのもずいぶん変だけど、これってもっと怒ってもいい案件だと思うんだけど……」

「この世界ではどうだか知りませんが、僕のいた世界では命に関わる危険な任務は日常茶飯事でした」

「……あー」

「理彩が僕に生活の基盤とこの世界で生きていく名前と立場をくれたことに比べれば、このくらいの恩返しは当たり前——」

「でも!」


 両手を握りしめて反論する理彩を前にサイは小さくため息をつく。彼女達の罪悪感は的外れだと思う。だがそう思ってしまう気持ちはサイにも理解できる。


「わかりました」


 サイは少し考えると、理彩の目をじっと見つめながら妥協案を口にする。


「だったら、僕にも理彩がここまでしつこく狙われている理由を教えてください。危険は納得していますが、理由もわからずこのまま理不尽に狙われ続けるのは嫌です」


 サイの要求を聞いて、理彩は明美と顔を見合わせて考え込んだ。


「どうします?」

「さすがに、これ以上黙っておく訳にはいかないでしょう。まあ、さらに深くこちらの事情に巻き込んでしまうことになるとは思いますが……」

「もう十分巻き込まれてますよ」


 ためらう明美にサイは軽口で返す。


「……そうね。だったら彼女も」


 観念したようにため息をついた理彩は、懐からスマートフォンを取り出してちょいちょいと操作すると、テーブルに置いてサイの顔を見上げた。


「それでは、シンシアも同席させます。いいですね?」

「シンシア?」


 スマートフォンの向こうにいるのが彼女なのだろう。でもなぜ?

 サイが首をひねるのを見て、理彩はさらに言葉を加えた。


「ええ、ある意味、彼女が一番の当事者だから」

「当事者? どういうことです?」

「そう」


 理彩は覚悟を決めるように大きく深呼吸すると、サイの耳に顔を寄せて内緒話をするようにささやいた。


「シンシアは人間じゃないわ。それどころか、この地球上の存在でもないの」

「え?」

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