第33話 サイ、狙撃される

 天井からバラバラと降り注ぐがれきの欠片が落ち着いたかと思うと、どこか遠くでけたたましく警報のベルが鳴り始めた。

 少し遅れて、今度は突然の豪雨のように天井から水が降り始めた。


「ぶ、無事です? どこかケガは!?」


 全身濡れねずみになりながら、サイは腕の中で縮こまっている理彩に問いかける。


「何がっ!?」

「わからない。投石か何かで窓が割られ、部屋の中で何かが爆発した!」

「で、でも私、部屋に爆弾なんか持ち込んでないよっ!!」

「当たり前だよ! 投げ込まれた何かが爆発したんだ。それにしても、四階までどうやって……」

「もうっ!! 一体何なのよ!! しつこいなあ」


 理彩はブリブリ怒っているが、このままずぶ濡れでがれきの中にうずくまっている訳にもいかない。


「行こう。とりあえずどこかにもうちょっとマシな場所に避難しないと」


 サイは理彩を抱え起こし、窓際に差し込むわずかな明かりを頼りにぶら下がっている遮光カーテンを引きちぎる。ずぶ濡れでガタガタ震えている理彩の体を包み込むように布を巻き付け、手探りで真っ暗な玄関に向かう。

 頑丈な金属製の玄関扉は、室内で起きた激しい爆発にもかかわらず、変形もせず無事だった。

 だが、再び手探りで鎖鍵を外し、そのまま鍵を解除しようとしたサイの手を理彩がおさえた。


「待って、外、大丈夫かな?」


 そのつぶやきにサイははっと動きを止めた。

 もしも自分が洞窟に潜む野獣や魔物を狙うなら、洞窟内にたいまつを放り込み、標的ターゲットが燻し出されてくる瞬間を狙うだろう。このまま不用意に扉を開けて、そこに敵が待ち構えていない保証はあるだろうか?


「理彩、扉の外に敵がいないか確かめる。僕が出たらすぐに鍵をかけて下さい」

「何言ってんの! そんな無謀なことできるわけないでしょ! 敵がいたら君が殺されちゃう!」

「いや、でも、このままじゃ何もわからないし――」

「それこそ、君の魔法でどうにかならないの?」

「あー、いや、どうだろ?」


 過去に学んだ中にはそんな便利な術式はなかった。

 だが、サイはこの世界に来て様々な物を見て、そのたびに彼の常識は書き換えられた。そんな新しい見識の中に、術式に応用できそうな物はなかっただろうか。


「そうだ! 車の自動運転。明美さんは何て言ってたっけ?」


 確か、目に見えない光を前方に放ち、その跳ね返りで前方の障害物を〝視る〟からくりだと……。


「だとしたら風の、いや、光? 音? 相手に当てて、跳ね返ってきた影を捉えればいいのか?」


 何となく行けそうな気がしてきた。ただ、試行錯誤を繰り返す時間は多分ない。


「三分、いや、二分待って」


 眉間を左手の人差し指と中指でつまみ、ギュッと目をつぶる。サイが集中する時の儀式だ。

 サイには瞬間記憶能力がある。一度見たものは決して忘れない。

 脳内に詰め込まれた膨大な映像記憶から使えそうな術式を猛烈な勢いで検索し、使えそうな部分を拾い出す。

 それらをいくつも組み合わせ、過去に読み込んだあまたの魔道書と照らし合わせて書式を整え、不備を正し、脳内で模擬実験シミュレーションを繰り返す。

 天候改変術式の解読と再現のため、何度も何度も繰り返した手順と同じだ。


「よし! 何分ですか?」

「ジャスト二分!」


 サイにとっては十数分にも感じたが、おかげで満足のできる術式が組めた。これなら何とかなりそうだ。


「じゃあ……」


 そう前置きして右手を扉に向ける。


「キリシ、アルケイオン・イ・ル・グオラ! 照らせ不可視の光、我が求めに従いまつろわぬ者の影を我に示せ!」


 両目の奥がズキリと痛む。次の瞬間、目の前の鉄扉が消えて無くなったように視界が開けた。


「どこまで行けるんだ、これ?」


 さらに魔力を込める。頭痛はさらにひどくなるが、探知できる範囲も格段に広がった。意識すれば視界の向きや高さも自在に動かせる。

 少し考えて、今いる部屋を中心に、見下ろす形で視界を固定する。

 扉の前、人影無し。

 四階エレベータの前、無し。

 一階、マンションのエントランス……。


「理彩、一階のエレベータ前に武器を構えた人影があります。四人だ」

「非常階段は?」

「こっちにも三人。トラップを警戒してまだ階下したにいますが、上がって来るのも時間の問題でしょう」

「だとすると、上、かな」

「屋上は無人だけど、逃げ道がありません」

「サイ君は魔法で空を飛べたりしないの?」

「残念だけど、魔法はそこまで万能じゃないんで……」


 おとぎ話で聞かされたいにしえの大魔道士ル・グオラ・マヤピスは、空を飛び、何千里も離れた場所にも一瞬で移動できたという。

 だが、そんな大魔法はとうに滅んでいる。


「でもまあ、まずは屋上に移動しよう。ここで冷たい水を浴び続けているよりは多分マシだし」


 サイは改めて理彩を抱え起こし、玄関扉の施錠を外す。


「サイレンの音が聞こえる。消防車が近い」


 外廊下に一歩足を踏み出した途端、理彩は顔を起こし、耳をそばだてながら言った。


「なに?」

「火事を消して被災者を助ける専門組織。そうだ! はしご車があるじゃない!」


 理彩の顔がパッと晴れる。


「こういう時に、逃げ遅れた人を助けるための車があるのよ。長いはしごを背負ってて、多分このくらいの高さなら十分届くと思う」

「それがここに向かってる、と?」

「ええ、誰かが消防に通報したでしょうし、警察もすぐに来るわ」

「警察というのはこの地の治安維持組織だよね。それで敵が身を引いてくれればいいんだけど」


 中廊下の突き当りから鉄製の非常階段に出る。夜明け間近の薄明の中、いくつもの赤い光の明滅が、次第にマンションに近づいてくるのが見える。

 と、階下で怒鳴り声が聞こえた。どうやら階下のテロリスト達が二人の動きに気づいたらしい。


「サイ君!」


 先を行く理彩を追って非常階段を駆け上がる。カンカンという足音が、鳴り続けるサイレンに混じって夜明け間近の静寂を破る。


「着いた!」


 突然頭上が開けた。

 ゴウと強い風が吹き抜け、次の瞬間、サイは直感的な衝動のまま理彩をその場に押し倒した。


「なっ!!」


 目の前には驚いて目をまん丸にした理彩の顔がある。

 その時になってようやく、パーンという長い破裂音が耳に届いた。


「理彩……ケガは……ないですか?」

「一体なに!? サイ君! 重いよ」

「良かった」


 意識が急速に遠のく。

 腿の付け根からドクドクと溢れる血が、自分でも驚くくらい熱かった。

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