第30話 サイ、幼馴染に再会する?

 休み時間のたびに机の周りに群がってくるクラスメートをかき分け、やっとのことで廊下に出ると、背後から理彩が話しかけてきた。


「初日から大人気じゃない?」

「いや、何でこんなに声をかけられるんだ?」


 サイとしては、これほどの注目はちょっと遠慮したかった。警護対象の理彩と同じクラスになれたのは運が良かったが、これほど注目されては今後の仕事に差し支えそうな気がする。


「みんな転入生が珍しいのよ。大丈夫大丈夫。すぐに落ち着くから」

「珍しい……? 変だな」


 理彩と並んで売店に向かいながら、今朝の担任の話を思い出す。


「でも、木浦先生は、別のクラスにも転校生がいるって言ってたよ。確か、キュウシュウから来たって言ってたような気がする」

「え?」


 理彩はそれを聞いた途端、表情をわずかに曇らせた。


「九州? おかしいわね。この高校は原則として帰国子女の編入しか受け入れないはずなんだけど……」

「帰国子女?」

「そう。国外から戻ってきた学生のこと。だからサイ君も海外から戻ってきた設定なんだよ」

「……それは確かにおかしいな。聞き間違いじゃないと思うんだけど」


 その時、理彩のポケットでチリンとベルが鳴った。理彩はさっとスマートフォンを取り出し、画面をひとにらみしてさらに表情を曇らせる。


「ごめん、一緒にお昼ご飯でもどうかと思ってたけど、ちょっと急用ができた」

「え? 用事なら僕も行く——」

「いや、今日はいいよ」

「でも、僕は君のボディーガードだろ?」

「大丈夫、明美さんが校門まで迎えに来てるから」


 そのまま走り出した理彩は、すぐにUターンして戻ってきた。


「多分ないとは思うけど、その転校生には絶対に関わらないようにしてね。じゃ」


 それだけ言い残すと、今度こそ昇降口の方に走っていった。


「なんだ?」


 事情がまったく判らない。サイはただ、あっけにとられて見送るしかなかった。




「ねえ桧枝君、柘植さんと知り合いなの?」


 サイは結局、一人で食事をする気にもなれず、中庭で適当に時間を潰してクラスに戻った。

 だが、席についてすぐに隣の席の茶色い髪の女の子が話しかけてきた。

 改めてよく見れば、彼女はきれいに眉を整え、薄く化粧もしている。学生らしくそれほど目立たない色だが、しっかり口紅も引いているらしい。

 化粧っ気もないのになぜか際立つ美少女が理彩だとすれば、この娘は逆に化粧で映えるタイプの美少女だった。


「あ、ううん?」


 自分が理彩のボディガードだという事実を明かしていいものか、サイは判断に困って曖昧に返事を返す。


「桧枝君は転校して来たばかりだから知らないと思うけど、柘植さんとはあんまり親しくしない方がいいよ」

「どうして?」

「あの子、全然まじめに学校に来ないし、来てもすぐいなくなっちゃうし」

「へえ?」

「友達もいないから教室でも浮いてるし、実際あんまりいい噂を聞かないよ」

「待って。噂って、例えばどんな?」

「うん、スーツを着た男の人と高級外車に乗っているのを見かけたって話とか、居酒屋に出入りしてるって話とか。私思うんだけど、多分パパ活とかもやってるんじゃないかなぁ」

「パパ?」

「そう、体売ってんの」

「……あー」


 仕事がらみで他社の幹部と打ち合わせをしたり、会食したりすればどうしても自動車で移動したり、酒場への出入りも増えるだろう。

 理彩の立場を何も知らなければ、妙な誤解をされるのも無理はない。

 彼女たちには、同級生が幼い頃から大人に混じって会社で働き、今や社長を務めているなんてことは想像すらできないだろう。

 それに、人は見たいものだけしか見ないし、自分の思い込みや興味本位で事実をいくらでもねじ曲げる。そのことはサイもつい最近、骨身にしみて感じたばかりだ。


「みんなそんな風に噂してんの?」

「うん。すごく有名な話だよ。学校中みんな知ってると思う。絶対先生も知っているはずなのに、なんで何も言われないのかな」


 サイは理彩がかわいそうになった。サイが故郷で同期生のやっかみや嫉妬にさらされたように、理彩もクラスメイトの無理解でひどい噂を立てられている。


「あー、多分それ、誤解だと思うよ」


 サイは思わず擁護の声をあげた。


「え?」


 だが、彼女はまさか反論されるとは思わなかったらしく、きょとんとした顔をした。

 

「なぜ柘植さんが男性と一緒に自動車に乗っていたのか、本人に直接聞いてみたことある?」

「え、でも、みんなそう言ってるし……」

「君が自分で見た訳じゃないんだよね。本当のことを知りたいのなら、他人の噂を簡単に鵜呑みにしない方がいいよ」


 親切心で忠告したつもりが思わぬ反撃を受けて、彼女はわかりやすく不機嫌になった。


「なに? 桧枝君は柘植さんの味方をするつもりなの? せっかく教えてあげたのに」

「味方とか敵とかじゃなくて、僕は事実を知りたい、大事にしたいと思っているだけだよ」

「ふん」


 彼女はそれっきり顔をそむけた。




 彼女のクラス内での影響力は大したものらしい。

 彼女自身がこっそり指示したのか、それとも周りが気を回したのか、午後からの休み時間にサイに声をかける同級生は皆無になった。

 昼食時間まではあれほど賑やかに話しかけてきたのに、だ。

 あまりにも鮮やかな手のひら返しにサイは内心あきれ果てた。

 サイにとって、今一番重要なのは理彩の身を守ることで、自分がクラスに受け入れられるかどうかは正直どうでもいい。


「桧枝君!」


 だが、魔道士学校での体験を芋づる式に思い出して少しナーバスになっていたせいか、昇降口で背後からいきなり話しかけられ、わずかに反応が遅れてしまう。


「え!」


 そこに立っていたのは、この学校の制服とは異なるデザインの制服を着た少女だった。どうやら例の、もう一人の転校生らしい。


「探していたんだよ」

「め、メープル! なぜここに!?」

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