第28話 理彩、魔法の正体を推理する
明美とも別れ、ホテルの自室に戻った理彩は、バスタブにお湯を張りながらホコリにまみれた衣服を脱ぎ捨てる。
火薬と油の匂いのする砂塵を散々浴び、その後はまっすぐ警察署に連れて行かれて長時間の事情聴取を受けたせいで、顔を洗うことすらできなかったのだ。
試しに頬を撫でてみると何だかザラザラする。
「うわ! 肌荒れしそう!」
そのまま下着もポイとベッドに投げ出し、バスルームの扉に手をかけたところでスマートフォンが鳴った。
「もう、早くお風呂に入りたいのに」
一瞬ためらった理彩は、結局スマートフォンを握りしめてバスタブに飛び込んだ。
「もしもーし」
『シンシアです。夜遅くすいません』
「シンシア! 状況はどう?」
待っていた連絡に、理彩はすぐに機嫌を直す。スマートフォンをスピーカーモードに切り替えてバスタブの縁に立てかけると、肩がしっかりつかるまでお湯に沈み込んだ。
『地上施設のシステム不具合はほぼ復旧、破損した機器の応急修理も完了しています。また、変形した一階エントランスのドアは明後日までに交換修理が完了します』
「社屋の太陽電池モジュールは?」
『破損したのは全体の三分の一くらいです。当面は東京電力頼りになりますね。非常用電源を起動すれば計算上は自前でどうにかなりそうですが』
思ったより被害が大きいことに眉をしかめる理彩。この損害は保険でまかなえるだろうかと頭の片隅で思案する。
「非常用電源は念の為に温存しよう。東電に追加の電力供給を依頼してちょうだい」
『はい』
「ところで、自宅の方はどう?」
『修理には三ヶ月ほどかかる見込みです』
「えー、そんなにぃ!」
『当面あそこにお住まいになるのは難しいでしょう』
理彩はため息をつく。
「仕方ないわね。当分は駅前のマンションに仮住まいかな。手放さないでおいて良かったよ」
幼い頃、両親と住んでいた古いマンションが今も駅の近くに残っている。父が今の社屋を建てたときに自宅も会社のそばに移したのだが、母との思い出が残るマンションを手放すのが父娘共に忍びなく、ある程度のリフォームだけして今も空き家のまま確保していたのだ。
「明美さんが時々風を通してくれてるから、多分そのまま住めるよね?」
『サイさんはどうします。近所のアパートに部屋を手配しますか?』
「え? 部屋は余ってるはずだよ。一緒に住むよ」
はてと首をひねる理彩に、シンシアは語気強めにたしなめる。
『それはおすすめできません! むしろ明美と同居して、彼女の部屋をサイさんに明け渡してください』
「どうして? それじゃ明美さんに迷惑じゃない。それにサイはボディガードだよ。セキュリティ的に同居するほうが安心じゃないかな?」
『ですが、年頃の男女がひとつ屋根の下では、また別のリスクが発生――』
シンシアの懸念を、理彩はあっさり笑い飛ばす。
「まさか、サイ君が私を襲うって思ってる? アハハ、ないない」
『……理彩。あなたはもう少しご自身の魅力を自覚すべきです』
「大丈夫だって。いざとなったら桧枝さん仕込みの護身術だってあるしさ」
『しかし、サイが魔法を使ったら理彩は抵抗できますか?』
「さあ。どうなんだろね?」
理彩は腕組みをして首を傾げる。
「ところで、魔法といえば、例の件、どうだった?」
『状況証拠的にはクロです。方法は見当もつきませんが、クラッキングの大もとは十中八九サイさんで間違いありませんね。本人に自覚はないみたいですが』
理彩は鼻頭にしわを寄せてうーんと首をひねった。
「もしかして、魔法結晶?」
『可能性はありますね。地下の電波暗室で魔法が発現しなかったのは、衛星とのアクセスが遮断されていたからという推測も成り立ちます』
「えー、でも」
お湯につけていた両手をじゃばりと持ち上げると、そのまままぶたの上をゴシゴシとこする。考えがまとまらないときに理彩がよくやる仕草だ。
「異世界の魔法使いとうちの衛星に一体どんな関係が? そもそも非公開の暗号通信をどうやって突破しているのかな……」
『さぁ? さすがにそこまでは』
「そうだよねぇ」
『ともかく、サイさんの存在は色んな意味で鍵になりそうです。確保しておくにこしたことはありません』
「……まあね」
人間を駒扱いすることに気乗りしないのが丸わかりの口調でつぶやくと、理彩は再び顔の半分までお湯に沈み込んだ。
三日後。ホテルを引き払ったサイと理彩は、私鉄の駅前にある築三十年ほどの四階建てマンション最上階に引っ越した。
とはいえ、サイには最初から荷物らしい荷物もなく、理彩も私物のほとんどが砲撃で吹っ飛んでいたので、ほとんど身一つでの入居だった。
家具は元からあったものに加え、それぞれの使う部屋にはベッドと机とクローゼットが新たに運び込まれた。
「で、エレベーターはこのカードがないと三階より上には行けないようになってますし、非常階段も下からは上がれないようにロックがかかっています。唯一心配なのは上からの侵入ですが、一応屋上の四隅にセンサーを仕掛けまして、何者かが侵入したらアラームが鳴るようになっています。ただ——」
二人にセキュリティカードを手渡しながら明美が心配そうに告げる。
「さすがに大丈夫じゃないの? 屋上から侵入って、特殊部隊でも持ち出してこない限りあり得ないでしょ?」
「いえ、敵の正体がわかりませんから。どれだけ用心してもし過ぎると言うことはありません。あとはそう、サイさん!」
「は、はい!」
いきなり厳しい口調で呼びかけられ、サイはビクッと背筋を伸ばした。
「いいですか! 理彩をしっかり守って下さいね。あとサイさん自身が理彩の脅威になることがないように、しっかり自制して下さいよ!」
「明美さん!」
理彩はほんのり赤い顔で抗議の声を上げた。
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