第27話 サイ、理彩に平手打ちをくらう

「ということは……」

「ええ、明らかに内部の情報が漏れていますね」


 明美の断言に、理彩はものすごく嫌そうな顔をした。


「とりあえず地上には絶対に出ないでください。このまま階下したの防災シェルターにご案内します」


 その間にも、立て続けに地響きが轟き、天井からパラパラとコンクリートの欠片が降ってくる。


「この世界では、こんなことはよくあるんですか?」

「まさか! あり得ないですよ。どうして戦争でもないのに民間の会社を砲撃するんです!」


 明美が憤慨したように言う。


「だとしたら、これは理不尽な攻撃ですよね」


 サイの中で、次第に怒りが膨れ上がる。

 理不尽に魔道士団を追われ、学校を追われ、さらに理不尽に婚約者を奪われたいきどおりがふつふつとよみがえり、抑えようもなく身を焦がす。


「ちっ!!」


 そんな衝動のまま、サイは爆発するような勢いで走り出した。


「サイ君! どこへ行くの!?」

「二人は安全な場所へ! 敵を迎え撃ちます!」


 それだけを言い残し、彼は地上に向かう薄暗い階段を駆け上がった。


「サイ君!!」


 その時、けたたましいラッパの響きと共に鉄の隔壁が天井から降りてきて、彼と理彩の間をガシャンという激しい音をたてて隔てた。


「お願いです! そこに居て下さい!」


 サイは理彩の安全が確保されたことに少しだけほっとすると、そのまま突き当りの鉄扉を開け放つ。目の前に広間が広がり、警備員が彼を押し止めようと怒鳴り声を上げるが、サイはそれを無視してまっすぐ広間を突っ切った。

 正面の銀色に磨かれた鉄の壁が爆音と共に二つに割れ、隙間から砂塵混じりの熱風が吹き込んでサイの髪をチリチリと焦がす。


「どこだ!」


 隙間から顔を出して見れば、唐草模様の鉄扉を押し割って、潰れたような醜い顔の大型自動車がじわじわと敷地に侵入しようとしていた。シンシアが〝アルミトラック〟と呼んでいた奴だろう。


「キリシ、アルケイオン・イ・ル・グオラ! 彼の者を押し潰せ!!」


 本能的な叫びと同時に、自動車の背負った銀色の箱がメキョッときしむような音を立て、またすぐにグシャリと潰れた。鼻を突くような匂いの油がまるで血しぶきのように地面に広がり、砲撃の残り火を拾って鬼火のようにちろちろと燃え始める。


「……魔法が使えてる!」


 一瞬呆然としたサイだったが、自動車を盾代わりにして敷地に侵入しようとしていた敵の兵士達に気づいて気を引き締める。


「あれかっ!」


 サイは彼らが肩に構える、取っ手のついた太い筒のような武器に意識を集中した。

 右手を伸ばす。間髪入れずに魔方陣が発現し、敵兵の持つ筒が空高く舞い上がった。右手をひねると筒は方向を変え、さらにもう一台、門を突破しようとしている大型自動車の頭部にそのままの勢いで突き刺さった。


「いける!」


 思わずつぶやいた瞬間、自動車は耳をつんざく轟音と共にオレンジ色の火の玉と化した。

 その後の敵の動きは素早かった。

 サイの介入を新たな敵対戦力の投入と判断した兵士達は、後方に控えていた箱形の黒い車まで素早く撤退すると、数台に分乗してまたたく間に姿を消した。

 その行動に一切のためらいはない。間違いなく高度に訓練されたものだった。




「やあ、ひどい目にあったよ」


 疲れ切った表情の理彩が明美と共にサイの部屋を訪れたのは、もう深夜と言っていい時間だった。

 理彩の自宅は謎の敵の攻撃で半壊し、理彩の自室に至っては完全にこの世から消滅した。

 隣接する会社の建物も一階部分を中心に大きな被害を受け、今彼らが避難しているのは、海沿いにある半月の形を模した高級旅館だった。


「僕が説明に行かなくて本当によかったんですか?」


 サイは、自分が暴れた後始末を理彩に押しつける形になり、かなりの気まずさを感じていた。だが、理彩は笑って首を振る。


「サイ君が顔を出したらそれこそ大事になっちゃう。身元不明でしかも魔法使いなんて、お巡りさんにどう説明するのよ」

「でも」

「とりあえず敵はロケット砲をじゃんじゃんぶっ放して、自分ちの車も誤射したらしいことになってるからよろしくね」

「よろしくねって……」


 理彩はサイの面食らった表情を見て、疲れた顔でにへらと笑う。


「言ったでしょ。弊社うちは自衛隊の仕事も請け負ってるから、多少の融通は利くの」


 言っていることは物騒だが、その表情には少しだけ自慢げな色が浮かんでいた。


「しかし、サイさんの身元を証明できないのはこの先不便ですよね」

「そう、その件なんだけど、サイ君にちょっと提案があるの」


 理彩は窓際のソファに崩れるように座り込むと、サイをちょいちょいと手招きして向かいに座らせる。


「サイ君、しばらく私のボディーガードをやってくれないかな?」

「へ? ぼでぃ——」

「ええと、護衛のことね。弊社うちはこれまでこんな荒っぽいトラブルに巻き込まれることはなかったんだけど、今朝のこともあるし、桧枝ひえださんだけじゃちょっと心細いかなって」

「桧枝さん?」

「サイ君ももう会ってるでしょ。白髪頭のめちゃくちゃ姿勢のいい——」

「ああ、あの執事の!」


 サイは音もなく背後に現れた老紳士のことを思い出してなるほどと納得する。


「そう。凄いんだよ。あの人実は格闘術の達人で、ちょっと相手の身体に触れただけで、もう、ずばーって感じで相手がひゅーって飛んでどーんって倒れて——」

「理彩さん、それでは説明になってないですよ」

「あー、ごめん、そういうのよくわからなくて」


 理彩は照れくさそうにへへっと笑う。警察の事情聴取でかなり疲れているのは確かなようで、あまり頭が回っていないらしい。


「一応、凄い人なんだという雰囲気だけは伝わりました」

「……まあ、そんな感じ。で、桧枝さんは基本家の仕事を抱えてるし、学校とか、移動中とか、日常のトラブルに身近で対応できる人を手配しなさいって警察にも言われたんだよね。どうかな?」


 そう言ってぐっと身を寄せてくる。相変わらず距離が近いが、さすがに勘違いしない程度には慣れてきた。とりあえず、彼女なりの信頼の印と受け取ることにする。


「……その話を僕が受けた場合、待遇はどうなりますか?」

「衣、食、住、完全保証。もちろんお小遣い付き。あと、ちょっと時間がかかるけど公的な君の身分も用意できると思う」


 そこまで話したところで明美が口を挟む。


「理彩さん、お父様にお話は?」

「もちろん事前に了解を取ったよ。私の思うようにやりなさいって」

「では、私から言うことは何もありませんね。サイさん、どうされますか?」

「そうですね……」


 少し悩む。だが、現時点、身よりも知り合いもいないこの異世界でこれ以上の好条件は引き出せないように思う。


「判りました。そのお話、お受けします」

「じゃあ契約成立ね。で、早速君に言いたいことがあるんだけど」

「はい、何でしょう?」


 理彩はさっと立ち上がり、厳しい表情を作ると、サイの頬をパチンと叩いた。

「な、何を!?」


 大して痛くもなかったが、突然のことに驚いて頬を押さえるサイ。


「私は怒ってるんだよ!」

「へ? 何をですか?」

「今後、今日みたいに勝手に危険に飛び込むのはなし! 君は私のボディガードなんだから」

「あ!」

「いい? ちゃんと私を守って。そして、同じくらい自分を大切にして!」

「……はい」

「私はもう、二度と身近な人に置いていかれるのは……」


 理彩はそこで不自然に言葉を切り、最後まで言わずに窓の外の夜景に目を移した。


「ああ、この部屋、港のイルミネーションがきれいに見えるんだね」


 彼女の声は少しだけ震えていた。

 街明かりに見入るフリをしてそっぽを向く彼女の目元に、涙の粒が光っていたのは多分見間違いではない。


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 いつも応援下さいましてありがとうございます。

 少しの間多忙になりますので、しばらくは隔日更新とさせてください。

次回更新は明後日となります。

 なるべく早く元のペースに戻せるようにがんばります。ではでは。



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