第26話 サイ、砲撃を受ける
それきり沈黙したまま、理彩はサイの目をじっと見つめた。
サイは彼女のまっすぐな視線に耐えかねて目をそらし、散々ぐるぐると考えた末に再び理彩に視線を戻して驚いた。
理彩はその間、ずっと身動きひとつせずにサイの顔を見つめていた。
サイは根負けした。結局最初から勝ち目なんか無かったのかも知れない。
小さくため息をつくと、おずおずと口を開く。
「あんまり突拍子もない話なんで、信用してもらえるかどうかは判りませんが……」
「うん」
「とりあえず、話を聞いてくれますか?」
「もちろん」
「笑わないで下さいね」
「笑わないよ」
そう前置きして始まった身の上話は、六年前、故郷の村を出るところからこの世界に転移した顛末まで、ずいぶん長いものになった。
だが、理彩は最初から最後まで一言も口を挟まず静かに聞いていた。
「なるほどね。サイ君にずっと感じていた違和感のわけがこれでわかったよ」
理彩はそう言ってにっこりと笑った。
「え、そんなあっさりした感想でいいんですか? うさんくさいとか、何言ってんだコイツとか、普通思いませんか?」
「どうして?」
慌ててたずねるサイに、理彩は不思議そうな顔で逆に問い返す。
「最初に言ったでしょ。私はあくまでも自分の目を信じるって」
「はあ、でも」
「私は話を聞きながらずっと君の表情を観察してた。嘘をついている人は自分でも気づかずにいろんな素振りを見せるものだけど、君は最初から最後まで一度もそういう気配がなかった。十分に信用できると思ったよ」
「へえ」
サイは思わず驚きの声を上げた。
多分理彩は母の件で後悔して、二度と同じような過ちを犯さないために必死でその技術を身につけたのだろう。
そういえば、今は亡きゴールドクエスト司祭がまさにそのような特技の持ち主だったなあとサイは思い出す。もしかしたら、司祭もかつて似たような経験があったのかも知れない。
「さて、おかげで君の生い立ちは判ったけど、クラッキングの一件がまだ片づいてない。えーとその、魔法結晶があれば魔法は使えるんだよね」
理彩は立ち上がり、正面の壁に向かって小さく身振りをする。すぐに警備員がサイの持ち物をトレイに入れて部屋に入ってきた。
「じゃあ、お願いしていい?」
「わかりました」
サイは魔法結晶を胸元に付け直し、いつものように術式を構築しようと右手を伸ばす。だが、一旦構築されかけた術式は、なぜか砂浜に作った砂の城が波にさらわれるように、端からサラサラと崩れて消えていく。
「あれ?」
違和感を感じて魔法結晶をのぞき込む。
だが、いつもなら結晶の奥深くで蛍のようにチカチカと瞬いているはずの光の粒はまったく見えなかった。
「変だな」
左手で結晶を握りしめ、再び術式を構築する。だが一向に術式が編み上がらない。
「どうしたの?」
「変ですね。結晶が反応しません」
サイは魔法結晶を胸元から外して理彩の前に差し出した。
「本来なら、この青い石の奥でチカチカと光が瞬いているはずなんです。でも……」
「暗いね。光ってない」
のぞき込んだ理彩も怪訝な顔をする。
「これって、壊れるの? あるいは電池切れとか——」
「〝電池〟は判りませんが、何かを補充したりする必要はないはずです。それに何代も前から司祭の家に伝わっていたはずですから、よっぽどのことがないかぎり壊れたりもしないかと」
「……だったら、ねえシンシア、これスキャンかけた?」
理彩は不意に顔を上げると壁に向かって呼びかけた。即座に天井から平板なアクセントの女性の声がそれに答える。
『簡易的なレーザー光、超音波、及びX線検査を実施しました。残念ながら内部構造は完全に不明。センシング波が浸透できませんでしたので、スキャンによる内部破壊の可能性はおそらくないと思われます』
「何? 今の」
「ああ、私の
「明美さん?」
「いや、明美さんは秘書」
「なんか複雑ですね」
「そんなことより困ったね。何か原因に心当たりは?」
「さあ。こんなこと初めてです」
二人して首をひねる。
だが、結論が出ないうちにシンシアが再び口を開いた。
『報告します。会社の敷地前道路に複数の車両が停車しました。所属は不明です』
「え? 車両って?」
『二トンのアルミトラックです。荷台に複数の赤外線反応があります。人のようです』
その言葉が終わらないうち、鈍い衝撃音と共に地面が揺れた。すぐに部屋の扉が外から開かれる。明美さんだった。
「理彩さん! ご自宅が攻撃されました。すぐに避難して下さい!」
「攻撃って!? 何!? どうして!?」
「おそらくRPGです。理由はちょっと」
「こんな住宅地の真ん中でロケット砲!?」
「一体何が起きてるんですか!?」
部屋から二人を引っ張り出してぐいぐい背中を押す明美に尋ねる。だが、彼女も詳しい状況は判らないらしい。
「お家が攻撃されたのよ。えーっと、手持ち式の大砲って言えばサイ君判る?」
「なんとなく。じゃあ……」
すかさず説明を挟む理彩に目線だけで礼を言うと明美に向き直る。
「ええ、RPGが着弾したのは二階の一番奥、ちょうど理彩さんのお部屋のあたりです」
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