第24話 サイ、テロの疑いを受ける

「サイ様」

「はひっ!!」


 ぼんやりと窓の外を眺めていたサイは、突然耳元で呼びかけられて飛び上がらんばかりに驚いた。決して警戒を怠っているつもりはなかったのに、すぐ背後に立たれるまで、相手はまったくサイに気配を感じさせなかった。


「あ、ああ、執事さん!?」


 慌てて振り向くと、屋敷を訪れたときに彼をここへ案内した老紳士が無表情で立っていた。


「ええ、サイ様をご案内するよう仰せつかりました。こちらへ」

「あ、はい」


 ほとんど足音を立てず歩き出した執事について階段を上り、二階の奥の部屋に通される。結構な広さはあるものの、ずいぶん生活感のある、しかもどう見ても若い女性の私室だ。


「あれ、ここは?」

「理彩お嬢様のお部屋です」

「ええっ! ちょっと」


 サイは目をむく。


「あの、こんなプライベートな場所じゃなくて、客間とか、そういう場所で待たせていただくわけにはいきませんか?」

「確かに応接室はございますが、お嬢様はサイ様を極力目立たせたくないと仰せでございます」

「いや、だからといって——」

「当家の応接室には監視カメラがございます」

「カメラ?」

「ええ、当家の関わる仕事の関係上、来客は警備の者によって二十四時間監視されることになっております」

「え!」


 サイは予想もしなかった物々しさに毒気を抜かれた。

 来客にすら監視がつくなど、元の世界、サンデッカ王国では政府の要人や大商人以外にはあり得ない話だった。


「では、さっきの食堂でもいいので——」

「食堂は、間もなく隣の職員が会合に使用する予定がございまして」

「隣?」


 問い返しながら、サイは窓から見える入り口も窓もない群青色に輝くビルを指差す。


「ええ、お嬢様の会社です」

「え!?」

「理彩お嬢様はおっしゃいませんでしたか?」

「何をです?」

「ご自身のお立場を、です。元々はお父上の設立された会社でしたが、数年前にやまいの療養のため家督をお譲りになられまして、現在は理彩お嬢様が当家のあるじ、そして『柘植リモートセンシング』の代表取締役でございます」

「えぇー」


 思わず間抜けな声が出た。

 理彩自身が言っていたように、彼女の年齢としは多分サイとそれほど変わらないだろう。親から引き継いだとはいえ、あの若さでこれだけの規模の会社を率いているとは……。

 サイは、正体不明の賊に襲われてなお平然と笑っていられる彼女の物怖じしない態度や、未知に対する溢れるような好奇心のみなもとを知ってようやく納得した。


「なるほど。きもが据わっているわけだ」

「というわけですので、ここでしばらくお待ち下さい。恐らく下着をあさった程度で目くじらを立てる方とも思いませんので、どうぞごゆるりと」

「ごゆるりって……いえ、そこは止めましょうよ」


 サイは、この家の使用人が理彩に対する態度に一言もの申したくなった。




 だが、それから三十分ほど待っても理彩は戻ってこなかった。

 ずっと椅子に座っているのにも飽きてきて、部屋の中をグルグルと立ち歩く。

 寝台の正面にある一番目立つ壁には、シンプルな額縁に納められた一面真っ黒な絵が飾られていた。


「何だろう? 隠し絵?」


 サイが両手を広げたほどの大きさで、横から見たり離れてみたりしたものの、何が描かれているのかはさっぱり判らない。

 その下のサイドボードには趣味のよい小物や手のひらより少し大きな写実画が木枠に入れられ無造作に飾られている。


「……理彩さん?」


 写実画の中には、七〜八才の幼女と四十才くらいのナイスミドルが並んで描かれているものが何枚もあった。男性は高い知性を思わせる落ち着いた笑みを浮かべ、幼女は彼の腕の中で安心しきったあどけない笑顔を浮かべている。

 だが、母親らしき人物が描かれているものは一枚もなかった。


「これは……」

「み〜た〜な〜っ」


 振り向くと、理彩がドアを少しだけ開けてじとっとした視線を向けていた。


「もしかして留守中に私の下着あさったり——」

「してません!」

「ええ? 別に怒らないけど」

「何言ってるんです! するわけありません!」

「……そう」


 使用人が変なのではなく、変なのはあるじの方だったらしい。サイは思わずため息をつく。


「まあいいか。ところで……」

「はい」

「サイ君、何か心にやましいことはない?」

「え? ですからクローゼットには触ってませんって」

「結構そのネタを引っ張るね君。じゃなくて、サイ君は何か思惑があって私に近づいた訳じゃないよね?」

「どういうことです?」

「自作自演で私を助けて取り入ろうとした、とか」

「え?」


 理彩の表情は真剣で、とても冗談を言っているようには見えなかった。


「すいません、どういうことですか?」

「君が魔法を使ったぴったり同じタイミングで、当社うちの衛星に不正アクセスがあったの」

「衛星? アクセス?」

「君は無実を主張する?」

「ええ、もちろん」

「じゃあ、ちょっと来て」


 促されて部屋を出ると、そこには射殺すほどの鋭い目つきでサイをにらむ、黒い兜と袖の無い黒い防具を身につけた警備兵らしい男が二人立っていた。

 男達は金属製の短いメイスを油断なく構え、うち一人はサイに両手を出すように身振り混じりで要求した。

 サイが言われるままに手を出すと、男はサイの両手の親指をひとくくりにして黒いひもで縛る。さらにサイの全身をまさぐり、スマートフォンと魔法結晶、そして、ギルドでもらった革袋を取り上げられた。


「これは?」

「ごめんね。サイ君を疑うわけじゃないんだけど、移動中に何もできないように拘束させてもらうね」


 理彩は申し訳なさそうに眉を下げると、さらに言い訳を挟む。


「うちのセキュリティはちょっと異常なくらい厳しくて、警備員ガードマンの同行なしに容疑者きみに会うわけにはいかないの」

「容疑者?」

「そう。君はうちの会社への破壊テロ行為を疑われているんだよ」



 

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