第19話 サイ、女神の説明を受ける

「君の言う女神ターミナリアが言ったことはまったく嘘という訳でもない。私達調整官は、人材勧誘の際に虚偽の説明を禁止されてるからね」

「調整? 人材? 勧誘?」

「そ」


 女神はさも当たり前のように頷いた。


「詳細は省くけど、いくつもの世界線間で、不足している人材を相互にやり取りする協定があるんだ。で、実際に人材のコーディネートをするのが私達〝調整官〟と呼ばれる職種なんだよね」

「調整官? 神ではないのですか?」

「いや、まあ、見方によっては神様みたいなもんかな? この仕事始めてから見た目上はほとんど年もとらないし、病気もしないし。ま、役得だよね」


 女神はそう言ってえっへんと胸を張る。見事なプロポーションが強調され、その色っぽさにサイは思わず顔を赤らめた。


「な、何のために?」

「まあ、細かい理由はいろいろあるんだけど、基本的には各世界線のアンバランスを修正して、あまたある世界線全体を安定させるのが目的だね」


 女神は足を組み換え、両手で天秤を釣り合わせるような仕草をしてみせる。


「例えば、ここ十年ほど、この世界から大量の〝勇者〟があちこちの異世界に旅立った」

「勇者?」

「そう。夢見がちで純粋、しかも他者の気持ちに比較的鈍感な若者をうまくおだてて〝勇者〟に仕立て上げ、強力チートな武装を与えて魔獣や異民族を侵略する先兵として送り込む」

「そんな!」

「私はやんなかったけど、当時はあまりに需要が多いもんだから、大型貨物自動車を対象者にぶつけてその精神的衝撃でお手軽に次元転移させる〝トラック転生〟なんて言葉が生まれるくらい流行ったんだ」


 女神はさも当たり前のように言う。


「さすがに最近はそれも一段落して、今じゃもっと実用的な知識を持つ人材のあっせんが人気だね。領地経営だったり、医学や薬学の知識だったり、料理の才能だったり。特に君が今いるこの世界、特にこの国は各分野の高等教育が行き届いているから、どの世界線からも引っ張りだこなんだよ」


 そう語る女神の表情からは、自分の住まうこの世界に対する誇りと慈しみのようなものが感じられる。


「はぁ」

「そんなわけで、現在この世界は大幅な人材の輸出超過なんだ。このままだと世界線間のバランスが崩れるってんで上から輸出規制がかかっちゃって、かなり困ってる」

「それは……まあ……大変ですね」


 あまりにも常識離れした話なので、月並みな相槌しか打てない。頭の中で様々な疑問が渦巻き、どこから突っ込むべきかもわからない。


「そう、大変なんだよ。で、色々頭を絞って、バランス調整のために君の世界から魔道士を輸入しようって話になった」

「魔道士? でもさっきこの世界には魔法がないって……」

「そ」


 彼女は再びあっさり首を振る。


「そもそもさ、魔法なんてものは本来どの世界線にも存在しなかったんだよ」

「え!?」


 サイは絶句した。




「ちょっと、外に出てみようか」


 言葉をなくしたサイを見て、女神はふわりと笑う。

 誘われるままに建物の表に出ると、夜明け前の澄みきった群青の空に、超高層ビルの先端の赤い灯がチカチカと瞬いているのがはっきりと見えた。

 少し歩くと、海沿いにはサイの世界でも見慣れた、

どこか懐かしさすら感じさせるレンガ造りの建物があり、そのすぐそばには巨大な車輪にも似た骨組みだけの奇怪な建物が屹立している。

 建物同士の統一感はまったくない。だが、なぜか不思議な調和を感じさせる清潔な街並みだった。


「この世界は、魔法がこれまで発展することなく、代わりに科学が魔法を凌駕するまでに発展した稀有な世界線の一つだ」


 そう話す間にも、はるか上空を赤と緑の灯りを瞬かせながら、翼竜のようなシルエットが横切っていく。

 まるで魔獣の唸りのような音が低く響き、サイはいつ襲われるかと気が気ではなかった。


「科学を極めたこの世界の技術者は、術者の求めに応じて様々な奇跡を呼び起こすからくりを今まさに生み出そうとしている」

「それだけ聞くと、もはや魔法と区別できないような気がします」

「そうだね。実際、この世界のある作家は、『高度に発展した科学技術は魔法と区別がつかない』なんて言葉を残しているしね」

「ですが、それが僕となんの関係が……」

「……君の世界の魔法は、この世界の科学にルーツがある、と言えばなんとなくわかるかな?」

「え? わかりませんが?」

「そうだな。もう少し歩こうか」


 女神は、呆然と立ち尽くしているサイを身振りで促した。


「ところで君は……そういえば、まだ君の名前も聞いてなかったな」


 海沿いの遊歩道をゆっくりと歩きながら、女神は不意に問いかける。


「サイです。サイプレス・ゴールドクエスト」

「サイ君か。君は、この世界のたたずまいを見てどう思う?」


 そう尋ねながら、彼女は手すりに両手をつき、海から吹いてくるやわらかな風に目を細めた。


「まあ、きれいな所だと思います。僕の世界みたいに埃っぽくないし、建物は不思議に洗練されてるし、何より平和そうだし。何だか……」

「何だか?」

「いえ、何だかすべてが作り物みたいで、まだ現実感がわかないんですが」

「作り物、ね。まあそれは追々慣れてちょうだい。あ、とりあえずこれを渡しとくね」


 女神はそう言うと、ふところから手のひらほどの大きさの玻璃板を取り出してサイに渡した。


「え? 石版ですか? さっきのよりかなり小さいですね」

「いや、これはスマートフォンというんだ。見た目はね」


 女神はそう言ってクスクスと笑うと、不意に表情を引き締めてさらに続ける。


「もうすぐここで運命の出会いがある。君はある女の子を助けて、この世界線の、はじまりの魔法使いになるんだよ」

「え!?」

「じゃあ、頑張ってくれ。いずれまた会おう」

「いえ、ちょっと待ってください! まだ聞きたいことが山のようにあるんですが!」

「あっ!」


 女神は不意にサイの背後を指差して小さな叫び声を上げた。サイは思わずつられて振り向き、猛スピードでこちらに迫ってくる黒い〝自動車〟に気づいて身を固くする。

 と、その進路上、道の真ん中にうずくまっている若い女の子を発見した。


「君!!  大丈夫か!?」


 どうやら彼女も自動車には気づいている。だが、足を痛めているのか、うまく立ち上がれずにもがいている。


「おいっ! ぶつかるぞ!!」


 自動車はまったく速度を落とす気配を見せない。助け起こそうにもここからでは距離がありすぎる。


「くそっ!!」


 それでも、サイはほとんど無意識に駆け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る