第17.5話 大魔道士、王宮へ奏上を要求する
「大魔道士アルトカル様がお見えになりました」
侍従の声に、内務卿は気乗りしない顔で頷く。
「入ってもらえ」
「はっ」
侍従はすぐに戸口へ戻り、彼と入れ替わるように大魔道士アルトカルが部屋の中に入ってきた。
「ここからは内密の打ち合わせをする。君は退出したまえ」
侍従がお茶を供し終えたところで、内務卿は尊大な態度を崩さずに命じた。侍従は無言のまま小さく一礼を返すと、そのまま足音も立てず部屋の外へ出て、パタリと扉を閉じた。
「さて、私も忙しい。用件は手短にお願いできるかな」
「まったく、いきなりごあいさつですな」
内務卿の牽制に、アルトカルは間髪を入れずに答えた。
「では手短に。私の護衛はいつまで王都に拘束されていなければならんのですか?」
「ああ、その件か」
その程度のこと、とでも言いたげに軽くつぶやくと、彼は机に積み上がっている書類をパラパラとめくり、中ほどの一枚を抜き出すと、さらりとサインをしてアルトカルに手渡した。
「どうぞ、制限解除の申し送りです」
「サイン一つで済む程度のことならば、一週間以上も待たせるのではなく、もう少し手早く許可していただきたかったですな。彼らを王都に留め置いて、貴殿は一体何をしたかったのやら」
アルトカルは手渡された命令書を一べつすると、懐にしまい込みながら吐き捨てた。だが、内務卿はまったく表情を変えることなく尊大に顎をなでる。
「用件は終わりですかな? であれば——」
「ところで、どうして貴殿は彼を殺そうとなされたので?」
自らの言葉を遮るように発せられた大魔道士の鋭い問いに、内務卿の動きが一瞬止まる。
「ど、どうして私だと?」
アルトカルは答えない。だが、無言で睨みつける視線の強さに抗えず、内務卿はふっと目をそらした。
「……貴殿とて、魔道士団からあの男を追い出すことには賛成しておったではありませんか!」
「ええ。だがそれは
「はぁ?」
「昨夜、魔道士団の物資調達を担当する
「そ、それがどうした?」
「いえ。さいわいなことに発見が早く、命に別状はございません。ところが、彼は意識を取り戻すなり興味深いことを言い出しまして。『自分ははめられた、あの魔道士に毒を渡したのは妻を人質に取られたからだ』など」
「!」
内務卿は、この急な訪問の本当の目的を悟った。彼が騎士団の秘密組織に出した命令を、アルトカルはすべて把握しているらしい。
「私は貴殿にも確かに申し上げたはずです。彼を害するべからず、と。彼の多重魔方陣なしで天候改変術式の発動は絶対に不可能だと」
「だ、だが、あの男は卑しい山岳民だ。たいした魔力もなし。魔道士学校の成績だってほとんど座学で修めたもので実技は大したこと——」
「素人めが! よく判りもせずに軽率な判断を!」
アルトカルの叱責に内務卿はヒッと首をすくめた。
「王に急ぎ奏上いただけますかな? 彼に出した暗殺の指示を撤回し、大至急探し出して私の目の前に連れてきていただきたい。さもなくば、天候改変術式の再発現は永遠に不可能でしょう、と」
「何を言う。魔道士団にはいくらでも有能な魔道士がいるではないか! あのような得体の知れぬ平民に頼らずとも代わりは——」
「内務卿!」
アルトカルは大声を上げた。
「これ以上不毛な議論をする気はございません。異論を唱えられるのであれば、私は金輪際王宮への協力をお断りします。あれだけ盛大にタースベレデにケンカを売っておきながら、自らの失策で必勝の切り札を失ったご気分はいかがですかな? 内務卿殿」
アルトカルが突きつけた最後通牒に、内務卿の顔色がさらに悪くなる。それどころか、だらだらと脂汗までたらしはじめた。
「どうしました? ご同意いただけ——」
「それは無理だ!!」
「それはどういう——」
「つい今し方、報告が……」
「まさか!?」
「そのまさかだ。あの男、サイプレス・ゴールドクエストは、故郷の礼拝堂で毒を飲んで自害した」
「なっ!! それは確かなのか!」
「確かだ。急ぎ派遣された騎士団所属の魔道士が確かに本人だと確認しておる」
「バカな!! 先走りおって!!」
アルトカルは怒鳴り声と共に立ち上がると、怒気をまき散らしながらズカズカと扉に向かう。
「アルトカル殿っ!」
「内務卿、あなたは取り返しのつかない失策を犯しましたな。己の勝手な判断でいにしえの戦略級魔法そのものをみすみす灰燼に帰したばかりか、将来の戦術魔道士候補をその手にかけるとは」
「いや、私が直接手を下したわけでは——」
「……暗部の管轄は貴殿だ。私がその程度のことに気づいていないとでも? 是非の判断は王にでも委ねましょうか」
アルトカルは冷たく言い放つと、呆然とする内務卿を部屋に置き去りにして部屋を出て行った。叩きつけるような激しい勢いで扉が閉まり、静寂の戻った執務室。
「私は悪くない。私は王の命令で動いただけ……なぜ!」
額にしたたる冷や汗を拭いながら彼が発した恨み言は、まるで呪詛のように壁に吸い込まれた。
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いつも応援くださっているみなさん、ありがとうございます。
このパート、入れるかどうかずいぶん悩んだんですよね。
もしかしたらあとで削るかも知れませんので話数番号を半端にしています。
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