第17話 サイ、女神と遭遇する
「あ、あの、女神様? ちょっと一息ついてもいいですか? 何だか混乱して」
「めが……ああ? 構わない。しかし女神様かぁ。ちょっといいな……うふふっ」
女神がニマニマとした表情で頷くのを放置して、サイは腰のベルトからとっておきの魔力回復ポーションを抜き出した。魔力を回復するだけでなく、疲労回復や精神安定剤としても使える高レベルの優れものだ。
(最後の一本か……次からはどうするかなあ)
魔道士ギルドから除名された今、まっとうな手段ではこのポーションを手に入れることができなくなった。そのためずっと温存してきたが、さすがにこの状況では一旦落ち着いた方がいいだろう。
サイは親指でぐいとコルクの栓を飛ばし、一気に飲み干そうと瓶を持ち上げ、次の瞬間、女神に瓶ごとはたき飛ばされてしまった。
「君! よりにもよってなぜ私の前で毒なんか飲もうとするんだっ!?」
「は?」
床に転がった小瓶から紫色の液体が床にこぼれ、しゅうしゅうと白煙を上げて敷石と反応するのを呆然と眺めながら、サイは目の前の情景がまったく理解できなかった。
「い、いえ、これは毒なんかじゃありません。魔力回復の高レベルポーション——」
「んな訳あるか! 見るからに猛毒だぞ、これ」
「まさか、だってこれは」
「……どこかでこっそりすり替えられたんだろうな」
「ええ? いつ……」
まったく身に覚えがない。
確かこれは、魔道士団で最後に討伐任務を受けたときに支給された三本のうちの最後の一本だ。だとすれば、あの時点ですでにサイは謀殺の対象と見なされていたことになる。
「おやおや」
彼女は腰に手を当てて大きくため息をつくとサイに向き直った。
「君、予想以上に詰んでるぞ」
「そう、みたいです」
サイはうなだれた。
まさか、自分がこれほどまでに死を望まれていたとは思わなかった。
もしこれがサイでなければ、あれだけの野獣を相手にしてポーションが余ることはなかった。間違いなく任務中にポーションを使い果たし、その場で絶命していただろう。死体は野獣に食い荒らされ、骨すら残らなかったに違いない。
「だが、まあ、いい。これで君を誘いやすくなった」
「え?」
女神は表情をふっと緩めると、目の前の机に横座りしてパンと両手を打ち合わせる。
「遅くなったがここらで自己紹介といこう。私はこの世界担当のちょ……うーんと、女神。コードネームはターミナリアという」
「コード……つまり、お名前で――」
「ああ! そ、そうそう、名前、名前ね」
サイを前にしてクールで有能そうな雰囲気をかもし出そうと必死だが、どうやら彼女の本性はそれとはほど遠いらしい。すでにあちこちほころびが出はじめている。
「で、だ」
女神はコホンと咳払いをすると、まじめな表情に戻って厳かに告げた。
「サイプレス・ゴールドクエスト。我々は君にクエストを依頼したいと思っている」
思いがけない言葉に、サイはわずかに眉をひそめた。
「クエスト?」
「ああ、RPGとかでよくあるだろう? 特殊な頼まれごとをして、達成すれば特別な報酬が与えられるという……」
「あーるぴーじー? って言うのがまずわかりませんが」
サイは首をひねる。酒場で行われるカード遊びのようなものだろうか。あるいは……。
「もしかして、ギルドの出す討伐任務みたいなものですか?」
「あーっ! ごめん! そうだよな。この世界にゲームなんてないか。まあそういう理解でおおむね間違いない」
「しかし女神ターミナリア、私は魔道士団からもギルドから除名された身です。今はどこにも所属していません」
「それは構わない。我々の組織から君に直接指名依頼する」
「それは、つまり神の勅命っていう」
「か……あはは。まあそういうことだね。目的の場所はちょっとばかり離れているが、君の卓越した魔法の才能は向こうでもきっと役立つ。それは保証する」
「遠くということは、どこか国外でしょうか?」
「ああ、〝国外〟と言われれば確かにそうだな」
サイがじっと見つめると、女神の目が居心地悪そうに左右に泳ぐ。口調もなぜか妙に歯切れが悪い。
「ともかくだっ!」
女神はこれ以上の追求を拒むようにバンと机を叩いた。
「君はこの世界ではもはや詰みだ。最低でも数年はこの国を離れた方がいいだろう。今のままじゃ普通に暮らすのも難しそうだ」
「……まあ、そうですね」
サイは頷いた。
「今日、明日には王都から伝令士がやって来るでしょうし、そうすればこの村に住むのも無理ですし」
「そうやってどこまでも逃げるしかない。そうやってどんどん田舎に追い詰められ、いずれは破綻する」
どん詰まりの未来予想図を予言のように告げられ、サイは大きなため息をつく。
「どんな所でも構いません。追われずに生きていける場所なら」
「うん、その意気やよし。では、とりあえず君には死んでもらうよ」
女神は妙に嬉しそうな笑顔で物騒なことを言い始める。
「はぁっ!?」
「なにを驚いている? 偽装だよ。ちょうどおあつらえ向きに毒薬もあるじゃないか。君はこれを飲んでここで死んだことにする。それで追っ手は止まる」
女神は床に転がるポーションの瓶を拾い上げながらながらニヤリと笑う。
「ああ、偽装。なるほど。確かにこのままじゃまともに表を歩けませんものね」
サイはうんうんと頷きながら瓶を受け取った。
「で、その後はどうするんです? 僕は変装でもすればいいんですか、それとも女神様の力で姿かたちを変えるとか。でも、死体がないと偽装にはなりませんよね。そこはどう――」
そう言いかけてサイは固まった。
突然彼の額にひやりと冷たい金属の筒が押し当てられたからだ。
「なにを……」
「動かないで。君の構成要素を現状で固定化して情報として転送する」
「は? 何を言ってるんですか!?」
「だから言ったろ、君はここで死ぬ」
「え! 話がちが——」
「後は向こうで聞いてくれたまえ。じゃあ、健闘を祈る」
次の瞬間、サイの目の前が落雷の瞬間のように明るくなり、まるで杭を打ち込まれるような猛烈な激痛が眉間に走った。
「ぐううっ!」
そのまま気が遠くなる。最後にサイが見たのは、女神の満足そうな笑みだった。
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いつも応援をいただきまして本当にありがとうございます。
今日から新章突入って感じなのですが、明日からは一日一回の更新とさせていただきます。できるだけ欠かさず更新したいと思いますので、ぜひぜひよろしくお付き合いくださいませ。
あ、あとコメントなどもいただけますと嬉しいです。お待ちしています。
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