第16話 頼りの司祭すでに亡く、そして……

 深夜の村はずれ。

 サイは六年ぶりに教会に向かう通りを歩いていた。

 万一のことも考え、身元が割れそうな物はすべて秘密基地に置いてきた。懐にあるのはギルドでもらったわずかな現金だけだ。

 未練を残さないように、あの手紙もかごの一番奥に置いてきた。もう二度と、あの灌木の茂みには戻らないつもりだった。

 サイは、司祭に今後の身の振り方を相談し、彼のアドバイス次第では国外に出ることも考えていた。この国にとどまる限り、王家と大魔道士からの追っ手は振り切れないだろう。

 だが、残念なことにサイには他国へのつてがない。司祭にそのあたりの便宜を図ってもらおうと考えたのだ。


「どうするかな。見つからないように墓園の方から行くか」


 深夜に墓場を歩き回る物好きはさすがにいないだろう。

 サイはそう考え、表通りではなく、教会の敷地に面した広い墓園に忍び込んだ。

 顔は深くかぶったフードで隠し、明かりは持たない。もし運悪く誰かに見られたとしても、何かの見間違いか、墓園をさまよう亡霊だと勘違いしてくれるに違いない。

 薄曇りの空に月はなく、星の光も地上にまでは届かない。

 足音を殺して園路を歩き、礼拝堂との境の柵を乗り越えようとして、敷地の隅の方に不自然に置かれた固い何かにつまづいた。


「痛っ!! あれ? 墓石?」


 ここを離れた六年前にはこんな所に墓石はなかった。

 なんとなく嫌な予感がしたサイは、その場にうずくまり、暗闇の中、石の表面に刻まれた文字に慎重に指を走らせる。


「え、まさか!?」


 震えながら口の中で小さく呪文を唱え、手のひらに弱い光球を生み出す。

 ぼんやりとした燐光に照らし出される、真っ白い墓石。そしてそこに刻まれた故人の名前、そして没年。


「ゴールドクエスト司祭!!」


 絶望のあまり、サイはうずくまったまましばらく立ち上がることもできなかった。





 どのくらいそうしていただろうか?

 はっと気がつけば、空がうっすらと白み始めていた。

 夜明けまではまだ一刻程度はあるだろう。

 だが、このままではいられない。ゴールドクエスト司祭が亡くなったということは、今教会ここを管理しているのはサイとは何の面識もない赤の他人だ。

 頭が真っ白になってそれ以上何も考えられないまま、それでもふらふらと立ち上がったサイは、礼拝堂の窓によぎった小さな光にハッとする。

 透明度の低いステンドグラスの窓。窓に近づき目をこらしても中の様子を見通すことはできない。だが、ぼんやりとした光は不安定に強くなったり弱くなったりを繰り返しながらゆっくりと移動しているのはわかる。どうやら、明かりを持ったまま礼拝堂の中を歩き回っている様子だ。


「何だ? 燭台やランプの灯じゃないよな」


 もっとずっと白っぽい、なんとなく冷たさを感じる冷たい光だった。

 見た目的に最も近いのはサイ自身が魔法で生み出す燐光だが、六年前、この村に魔道の心得のある人はいなかったはずだ。


「もしかして、新任の司祭は魔道士なのか?」


 この国の魔道士ならば、王立魔道士団や大魔道士アルトカルとも密接なつながりがあるに違いない。

 もしかしたら待ち伏せされているのかも知れない。

 サイは足音を忍ばせてそっと礼拝堂から離れた。

 もはやここにとどまっても意味はない。

 助けが得られるどころか、捕らえられる危険が秒速で増すばかりだ。

 だが、数歩も歩かないうちに、彼は背後から呼び止められた。


「君、サイプレス・ゴールドクエスト、だね?」


 若い女性の声だった。

 ギクリと立ち止まるサイの背後から、女性はさらに呼びかける。


「君が数日中にここを訪れるであろうことは、あらかじめ高確率で予想されていた。君を害しようとは思わない。だからどうかな? 少しばかり私の話を聞いてはもらえないだろうか?」




 無言で頷いたサイはそのまま礼拝堂の中にいざなわれた。

 これだけあけすけに声をかけてきたということは、周囲はすでに追っ手で囲まれているに違いない。抵抗するだけ無駄だ。

 いつ何が迫ってもいいよう、ガチガチに身構え、彼女の後を数歩離れて慎重に歩く。

 さっきまで中でうろついていたのはこの女性だったらしい。他に人影もなく、ステンドグラスから差し込む薄明の淡い光が内部をぼんやりと照らし出しているだけだった。


「さて、と。そんなに身構えないで座ってくれないか」


 美女は振り返ると、へっぴり腰のサイを見てクスリと笑う。

 サイは勧められるままに長椅子に座り、向かいに立つ謎の美女をじっと見た。

 つやのある明るい茶色のロングヘア。大理石のように白い肌。身長は女性とは思えないほど高い。その上、まるで王都の神殿にそびえる女神の彫刻のようにメリハリのきいた見事なプロポーションをしている。

 一方、肌は赤子のように若々しくきめ細やかで、外見だけでは年齢がさっぱりわからなかった。

 身体にぴったりとフィットした見慣れない衣装といい、体全体が薄く発光しているように見えるところといい、全体的な印象として、なんだか現実離れした人物、という表現が一番しっくりきた。


「ところでサイプレス君、どうやら君は、ずいぶん困った立場に立たされているようだね」


 美女は開口一番、そう言い放った。


「実を言うとね、君たちの試みはしばらく前から我々の監視対象だったんだよ」

「……監視、ですか?」

「そう、天候操作術式」


 サイは思わず立ち上がった。


「そ、それをどこで!! あなた一体何者です!?」

「おいおい、焦るな。それに声が大きい! 司祭や孤児たちが起きてきたらどうする!!」


 彼女はいきり立つサイをどうどうとなだめると、さらに衝撃的な一言を口にした。


「実を言うと、我々は、この世界の住人ではないんだよ」

「は!?」

「あえて君たちにわかりやすい表現をするとしたら……そうだな、神の一柱とでも言う——」

「はあっ!?」


 今度こそサイは言葉を失った。



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場面はこの先大きく変わります。今回までで主人公の受難は一区切り。位置づけ的には第二章開幕、といった感じでしょうか。

そんなわけで、皆様のコメントをお待ちします。作者が喜びますのでぜひお気軽に。ではでは。

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